STP分析とは
STP分析は、マーケティング戦略を策定する際に活用するフレームワークで、米国の経営学者フィリップ・コトラー氏によって提唱された手法である。新製品・サービスを上市するとき、新規事業を展開していくときなど、新しいビジネスを展開する際に活用できるフレームワークである。
具体的には、対象とする市場・顧客を独自の基準で細分化(セグメンテーション)し、その中から自社が注力すべきセグメントを選択(ターゲティング)し、顧客から見た競合他社とのポジショニングを決めることで、新しい製品やサービスの上市時のマーケティング戦略を具体化する。
STP分析の重要性
新しい製品やサービスを市場に導入するとき、誰に提供するかを具体的に設定することは極めて重要である。もちろん新製品開発の中で、顧客ターゲットは設定していることも多いが、実際の販売・マーケティングの企画段階でも改めて定義することが必要である。
STP分析を通じて、自社製品やサービスの強みを再認識するとともに、競合他社との差別化要因を明確にすることもできる。独自性と差別化ポイントの両方とも、マーケティング施策においては重要な要素であり、プロモーションやコミュニケーション戦略において非常に有効である。
STP分析に続くマーケティング戦略の立案と実行において、STP分析で整理された成果物が共有されることで、推進メンバー間でマーケティングの狙いや施策の背景に至るまで、共通認識を確立することができる。これは社内だけでなく、社外のビジネスパートナーも含めて共有することが重要となる。
セグメンテーション(Segmentation)
セグメンテーションとは、市場や顧客を独自の基準・変数によって細分化することであるが、BtoC領域の事業・製品の場合と、BtoB領域の事業・製品の場合では、その変数は異なる。
セグメンテーションの基準・変数はいくつかある。その具体的な事例を挙げる。また、各項目を組合わせてセグメントを定義することもある。
地理的細分化(主な変数:国、地域/エリア、人口密度など)
BtoCの事例 | 日本・各国・海外関東・関西・都道府県首都圏・郊外 |
BtoBの事例 | 日本・各国・海外営業テリトリ別(関東ブロック、近畿ブロック等) |
人口動態・企業特性による細分化(主な変数:年齢・性別・家族構成・職業・世帯年収など)
BtoCの事例 | 年齢別・子供・大人男性・女性独身・既婚・子供有自営業・会社員世帯年収1,000万未満・以上 |
BtoBの事例 | 売上高・利益額・率従業員規模業種本社所在地 |
行動・態度特性による細分化(主な変数:購入頻度、購入金額、ベネフィット、生活スタイルなど)
BtoCの事例 | リピート率・回数利用/購入金額品質重視・利便性重視・価格重視環境重視、ミニマル生活 |
BtoBの事例 | リピート率・回数購買金額QCDS、提案力新技術導入に前向き・従来の取引関係重視投資・コスト意識 |
また、「Value FROM the Customer(顧客からの期待収益)」と「Value TO the Customer(顧客への提供価値)」の2軸で顧客や市場を定義することもある。期待収益が高く、他社に比べ提供価値が最も高い、最も魅力的な顧客や市場を選定することが重要である。
セグメントの魅力度は、6Rのフレームワークに沿って評価することができる。
- Realistic scale(有効な規模):市場規模は小さすぎず、適切な規模感か?
- Rank(優先順位):顧客にとっての優先度や関心が高いか?
- Rate of growth(成長率):市場の成長性はあるか?
- Rival(競合):競合は多くないか? 過当競争にならないか?
- Reach(到達可能性):顧客に到達できるか?
- Response(測定可能性):顧客・市場の反応や効果が測定可能か?
ターゲティング(Targeting)
ターゲティングでは、細分化された市場セグメントから、自社が注力するセグメントを選定する。自社製品やサービスの強みが生かせるセグメントか、また、自社の製品やサービスの事業戦略に合致しているかを考えることが重要である。
市場占有率獲得の可能性
強みが生かせるかどうかの判断基準として、市場占有率が挙げられる。セグメント内の競争プレーヤーを特定し、シェア獲得もしくは奪取ができる可能性を評価する。
差別化の可能性
競争プレーヤーとの差別化が実現できる可能性も重要な判断基準である。具体的には、6つの要素で考えてみて欲しい。
1.市場・顧客の選択
市場や対象顧客を競合とずらすことで、過度な競争をせずに商品やサービスを提供できる状態にできるかどうかを判断する
2.ビジネスモデル
他社にはなかなか真似できない事業モデルを構築できるかどうかを判断する
3.組織能力
自社の強みである組織能力(企画・開発力、製造力、マーケティング力、販売力、サービス力、経営管理力など)を活かせるかどうかを判断する
4.技術力・ノウハウ
自社が保有する技術(産業特化型、業務プロセス型、テクノロジー型:インフラ・データ・デバイス・アプリケーション)やノウハウで競争優位を構築できそうか判断する
5.スピード
他社と比べて意思決定のスピードが早いかどうかを判断する
6.経営資源
他社と比べて経営資源や独自の資産(人材力、資金力、設備、顧客基盤)を保有しており、競争優位が構築できそうかを判断する
ポジショニング(Positioning)
ポジショニングは、選択した市場セグメントにおいて、他社と差別化し、自社がどのようなポジションを確立するかを決める。
選択した市場セグメントの詳細を調査・分析し、競合他社と自社製品やサービスを比較する。自社製品やサービスの優位性や独自性を明確に洗い出すことが重要である。
ポジショニングの検討では、ポジショニングマップと呼ばれる2軸のマトリクス図を作成し、競合他社との比較軸に基づきマッピングすることで、立ち位置を明確化する。
比較軸は、製品やサービスを表す要素を設定することが多い。具体的には、価格・品質・チャネル(販売、流通)・製品/サービス特性(汎用品・カスタマイズ品)・ブランドイメージ・などである。
可能な限り定量データに基づくポジショニングマップを作成することが重要ではあるが、顧客の声など定性データでも問題ない。また、複数のデータに基づくポジショニングは、STP分析後のマーケティング戦略や施策が複雑になるため、できる限りシンプルなポジショニングマップ作成を心掛けたい。
Go-To-Market戦略
STP分析と合わせて、新しい製品やサービスの戦略立案で有効なフレームワークとしてはGo-To-Market(GTM)戦略が挙げられる。
GTM戦略は、海外のテクノロジー企業やIT企業においては一般的に実践されており、社内外のリソースを有効活用し、顧客に最適なカバー体制を構築し、独自のバリュープロポジションを提供しようとする考え方である。
STP分析の活用方法と注意点
中堅・中小企業がSTP分析を活用する際の典型的なシーンを紹介し、注意点を整理する。
中堅・中小企業における活用シーン
STP分析は、新しい製品やサービスを開発した際のマーケティング戦略立案の際に有効なフレームワークである。その他にも、新規事業の立上げの際にも活用できる。
いずれも、顧客起点で注力セグメントを明確にし、競合他社とどのような違いを出し、独自のポジショニングを獲得するかを検討する際に有効である。
新製品・サービス開発での活用
新製品・サービス開発の初期段階で、顧客の潜在ニーズや未充足ニーズの把握を行う。したがって、想定顧客を特定し、新製品・サービスが企画・開発されるわけだが、想定される顧客数や市場規模のイメージができていないことも多い。
セグメンテーションの検討において、こうした課題を潰すことができる。また、更にターゲティングを通じて、より顧客視点で上市アプローチを考えることができる。3C分析でも同様だが、顧客と競合を正確に把握し、どうすれば勝てるかを考えることが重要である。
新規事業立上げでの活用
新規事業で陥りがちな罠が2つある。
1つ目は、自社保有の技術から新製品・サービスを開発した場合、顧客ニーズや未充足ニーズの把握ができていないことである。結果。顧客ニーズがない製品が上市され、思うように販売が伸びないケースがある。
2つ目は、外部環境分析の結果、成長市場へ参入しようとするケースである。自社の強みや組織能力が不充分であるにもかかわらず、新製品・サービスが開発される理由は、推進者の思い込みであることが多い。
こうした落とし穴に陥らないためにも、STP分析は非常に重要である。
中堅・中小企業における注意点
中堅・中小企業がSTP分析を行う際の注意点を整理する。
ポジショニング検討の壁
STP分析で最も難易度が高く、壁にぶつかる課題が、ポジショニングの検討である。具体的には、ポジショニングマップの作成であり、特に2軸の設定ができないケースが多い。2軸の切り口にはマニュアルはなく、また対象市場によっても異なるため、担当者の主観や能力に依存することが多いためである。
BtoB領域の事業の場合は、特に難しい。日々の営業マーケティング業務の中で、ポジショニングを考えることが少ないためである。一方で、ポジショニングが明確であると、特定セグメントで顧客ロイヤリティを獲得できる。
分離精製装置でグローバルニッチトップ企業である日本分析工業(本社:東京都西多摩郡)は、液体クロマトグラフ分離技術を有機化合物中の不純物除去に適用することで、独自のポジションを確立した製品で知名度がある。創業当時は、分析装置を開発・製造していたが、大手企業との競争を経験した結果、事業規模10億円以下のニッチ製品の開発へシフトした経緯を持つ。
(出所:日本分析工業ホームページ、経済産業省グローバルニッチトップ企業100選より)
中小型輸送船用の液化ガスタンクプラントで高占有率を獲得する泉鋼業(本社:香川県高松市)の創業からの変革は注目される。親会社である鋼材問屋の子会社として、鋼材加工から事業を開始するが、その後メーカー機能を研鑽し、、設計・製造・乗組員教育・アフターサービスを一気通貫で顧客第一主義のもと顧客との関係性を構築してきた。
いずれの企業も共通点としては、顧客へ直接営業し、顧客ニーズを把握するとともに、協働で製品開発を行っていることである。独自のポジショニングを確立するためには、顧客に近いビジネスモデル構築が必要であることを示唆している。
分析と実践を繰り返す
新製品やサービスを上市するときに重要となるポジショニング戦略であるが、実際は、戦略・施策を実践してみないと成果は得られない。且つ、独自のポジショニングを確立できるか、実践力がないと実現できない。
従って、分析結果を戦略と重点施策に落とし込み、実践しながら検証していくことが重要である。高速PDCAを回すことで、STP分析力も向上する。
特に中堅・中小企業の場合は、大手企業と比較して人材・投資資金など経営リソースが限られているため、施策のやりっぱなしによる損失は大きい。組織的な経験と蓄積・反映に取り組むことが成功の秘訣と言える。