SIPSとは
SIPSとは、マーケティングにおいてソーシャルメディアの活用が重要性を増す中、2011年に電通が提唱した生活者消費行動モデルである。
SIPSは、それぞれSympathize(共感する)、Identify(確認する)、Participate(参加する)、Share & Spread(共有・拡散する)の頭文字を取った造語で、生活者の消費行動のプロセスを整理した方法論となる。
従来の消費行動モデルは消費者の購買を軸としたモデルだったが、SNSを利用する消費者が増加し、生活者個人が簡単に体験や口コミ・情報を拡散できるようになったため、ソーシャルメディアに対応したモデルとしてSIPSが登場した。
Sympathize(共感する)
最初のステップは共感である。従来型の消費者購買モデルとは異なり、ブランド認知ではなく共感が最初に来ることがSIPSの特徴である。
ソーシャルメディアを活用したマーケティングにおいては、消費者の共感を得られるかが非常に重要な要素となる。消費者の共感が得られなければ、次のステップに移行できない。ブランドに対する共感を得るためには、商品力や広告宣伝はもちろん、企業の行動や価値観、広報活動による一貫性のあるコミュニケーションの質が重要となる。
Identify(確認する)
次のステップは確認である。「確認」という言葉の意味合いは非常に曖昧であるが、「識別する、見分ける」というニュアンスが含まれている。
消費者は、共感を得たうえで、直感的に行動するわけではなく、複数の情報源から慎重に情報収集をするようになった。商品やブランドの情報だけでなく、その商品が環境へ配慮しているかなど、企業行動自体への評価も確認する。
また、ブランドにまつわる開発背景や関与している人物のストーリーなど、発信者の信頼性も重要になる。SNS上での投稿を重要視するため、発信された情報やコンテンツがSNSの参加者の評価も信頼性の基準になる。SNSの口コミや評判など、どのようなレピュテーションが形成されているは、確認ステップの重要な指標になる。
Participate(参加する)
3つ目のステップは参加である。参加とは、商品やサービスへの消費者からの反響のことであり、「いいね!」や「RT(リツイート)」なども含まれる。SNSを利用する消費者は、参加がどれだけ集められているかを重視しているため、重要なステップになる。
また、商品やサービスの未購入者がSNS上で「いいね!」や「RT」をすると、そのアクションが他の参加者へも影響を与え、新たな購買機会を生み出す可能性がある。したがって、こうしたネットワーク外部性が働くため、参加のステップは非常に重要視されることが多い。
Share & Spread(共有・拡散する)
最終ステップは、共有と拡散である。SNSの消費者行動モデルの特徴として、共有(特定コミュニティ内での情報共有)と拡散(コミュニティを超えた情報伝達)がある。より幅広い消費者の認知を獲得でき、更に共感と拡散が拡大する機会が生まれる。
また、より多くのユーザーによって共有や拡散が行われることにより、情報への信頼度は高まる。情報を拡散する役目を担うのは情報発信者である企業ではなく、消費者が担っていることで他の消費者の共感を呼びやすい。SIPSが何度も繰り返される中で、参加コミュニティの母数拡大ループこそがSNS時代のマーケティングの成功要因であり、結果的に購買機会の拡大につながる。
従来の消費者行動モデルとの違い
SIPSはソーシャルメディアの特性を生かした生活者消費行動モデルである一方、AIDMAはマスメディアの特性を意識したモデル、AISASは検索エンジンの特性を生かしたモデルである。
どの消費行動モデルを適応すれば良いかは、マーケティング主体である商品やブランドの対象顧客によって変わる。顧客接点とその接点での消費者のニーズや顧客体験を整理するために、適切なモデルを選択することが重要となる。AIDMAとAISASの考え方を改めて整理する。
AIDMAとは
AIDMAは消費者の購買行動プロセスを理解するためのモデルになる。消費者は、対象ブランドの存在を知り(Attention)、興味をもち(Interest )、欲っし(Desire)、記憶に残り(Memory)、最終的に購買という行動を起こす(Action)という5つのステップで購買プロセスをたどる。
AIDMAモデルでは、ブランドを知り、注意(Attention)するを段階を「認知段階」、興味(Interest)、欲求(Desire)、記憶(Memory)する段階を「感情段階」、行動(Action)する段階を「行動段階」と3つに区分する。消費者の購買決定プロセスを分解し、現在のターゲット顧客がどの段階にあるかを見極めることで、顧客起点でマーケティング戦略を立案することができる。
AISASとは
AISASは、AIDMAと同様に、消費者の購買行動プロセスを説明する代表的モデルである。インターネットが普及し、検索エンジンの利用が拡大した中で開発されたモデルになる。
インターネット上で消費者がブランドを認知してから購買に至るプロセスを定義したモデルであり、注意(Attention)、関心(Interest)、検索(Search)、購買(Action)、情報共有(Share)の5つのステップで定義されている。
従来の消費者購買モデルのAIDMAとの違いは、「欲求」「記憶」に代わり、インターネットやeコマースにおいて特徴的なプロセスである「検索」「情報共有」が含まれていることである。
消費者行動モデルの活用方法
SIPSなどの消費者行動モデルをマーケティングで活用する際の要諦を整理する。大きく3つのポイントが挙げられる。具体的には、顧客ターゲティングと顧客体験の設計、最適なコミュニケーションチャネルの選択、費用対効果の検証の3つになる。
顧客ターゲティングと顧客体験の設計
まずはターゲット顧客を明確にし、ペルソナを設計する。また、対象顧客のカスタマージャーニーを描き、消費者行動・購買モデルに対応した顧客体験の実態とあるべき姿を設計することが重要である。
カスタマージャーニーマップは強力なツールになるため、活用方法をまとめた関連コンテンツを参考にしてほしい(https://enablers.jp/mag/a0021/)。消費者行動・購買プロセスに沿って、顧客接点、顧客行動、顧客心理を整理し、顧客分析データの裏付けも行いながら、顧客課題と改善機会を洗い出す手法である。
また、消費者行動モデルを進化させたパーセプションフロー・モデルも参考になる。クー・マーケティング・カンパニーの音部氏が開発した方法論で、徹底した消費者視点で、顧客の認識がどう変容したかを整理し、マーケティングに活用する手法である(参照:https://www.coupmarketing.jp/)。
顧客の状態(現状、認知、興味、購入、使用、満足、再購入、口コミ)に対して顧客の行動と態度を整理し、各プロセスでパーセプションがどのように変容するかを整理する手法で、各プロセスをパーセプションを移行させる知覚刺激を定義することがポイントである。
最適なコミュニケーションチャネルの選択
カスタマージャーニーマップの作成においても顧客接点として、コミュニケーションチャネルが整理されるが、顧客行動・購買プロセスにおいて、どのチャネルを活用し、かつ統一したコンテクスト(文脈)を開発するかは非常に重要な業務になる。
各顧客接点において統一したコンテクスト開発が失敗すると、目指すブランド認知や顧客体験を提供することができない。更に、SNSの場合は情報共有・拡散のステップでは情報発信主体は企業ではないことも多い。そのため、最適なコミュニケーションンチャネルと統一したコンテンツ提供は、必須要件となる。
費用対効果の検証
SNSやYouTubeなど、新しいチャネルやメディアの登場により、従来型のメディア活用よりもデジタルマーケティングへの予算配分を行っている企業も多いと思われる。
一方で、昨今では、デジタルマーケティングの費用対効果について懐疑的な声も聞かれる。優良なリードを生み出し、顧客育成を行い、注文や受注を促す流れだが、コンバージョン率が低く顧客獲得コストが高騰している企業も少なくない。
消費者行動モデルに基づき立案されたデジタルマーケティング施策の費用対効果を検証し、予算配分だけでなく、施策そのものも再構築することが必要である。
SNSマーケティングの事例
経済産業省がソーシャルメディア活用のベストプラクティスを2016年に公表している。2社ピックアップし、SNSマーケティングの取り組みを整理した。
いずれも持続できる体制の整備と、自社の強みを生かしたコンテンツ開発を行い、適切なSNSや他のデジタルチャネルとの連携を行うことで、良質な顧客体験を生み出すコミュニケーションを行っている。
柳田織物のSNSマーケティング(製造BtoC)
柳田織物は、激安シャツの増加で卸事業の先行きが厳しくなることを見込んで、2002年に自社企画商品を販売する自前のECサイト(ワイシャツ専門EC「ozie(オジエ)」)を開設した。EC経由の売上高が9割超となったが、その流入経路としてSNSを積極的に有効活用している。
EC担当者は5人で、持ち回りでSNSへの投稿を行っている。基本的にブログ記事を作成し、その写真や記事やURLを各SNSに流用して効率的に投稿する仕組みを運用している。着こなしやコーディネート指南のコンテンツが多い。
ECサイトへのアクセス状況は、SNS経由の割合は全体の1割程度だが、増収につながる重要な流入経路であり、当時EC売上高は年15%増ペースの成長していた。
2023年1月以降、ECサイトのメール経由のリピート売上高が、前年比で20%増加。コロナ禍以降、オンライン上での顧客接点を増やし、メルマガ配信を強化し、かつCRMツールを再構築したことが成果創出につながっている。
京都機械工具のSNSマーケティング(製造BtoB)
工具メーカーである京都機械工具は、ファン層の拡大を目的にFacebookページを運営し、工具に関する「KTCトリビアクイズ」などのコンテンツが人気を集めている。ファンからの全ての投稿に対してコメントを返して常連獲得に努めている。
ブランド戦略部内のデジタル担当、カタログ担当、知財担当の3人で記事を執筆し、外部スタッフも含めた5人で編集会議を月1回開催する仕組みを構築している。クオリティの高い写真を自前で用意できることが強みとなっている。
2024年現在、約8.6万人のフォロワーがついているFacebookで、若手担当者が「なるほど!」と感じた工具の特徴をイラストつきで連載している。これが評判を呼び、工具選びの入門編として書籍も販売された。YouTubeには、ナットなどの「正しい締め方/間違った締め方」を数十秒程度の映像で紹介している。従来のコアファンだけでなく、若いメカニックや技術者にも親近感を提供でき、SNSによって技術力やブランド力の底上げにつながっている。