人材不足の現状
2023年に日本商工会議所および東京商工会議所が実施した「人手不足の状況および多様な人材の活躍等に関する調査」結果によると、「人手不足」との回答が7割近くに上り、全ての業種で5割を超える水準である。
業種別の人手不足の状況は、介護・看護業(86%)、建設業(82.3%)、宿泊・飲食業(79.4%)、情報通信・情報サービス業(77.7%)、運輸業(77.1%)、その他サービス業(70.1%)、金融・保険・不動産業(61.5%)、卸売・小売業(59.3%)、製造業(58.8%)の順で高い割合となっている。
また、深刻度は、介護・看護業(88.4%)、宿泊・飲食業(82.7%)、運輸業(75.0%)の3業種が高い水準であり、コロナの影響を受け、かつ2024年問題に関連した業種の深刻度が伺える。
人材不足が起きる原因
どの業界においても人手不足が起きており、日本における構造的な原因が考えられる。また、労働環境と人材ニーズの変化も影響している。
少子高齢化による労働力人口の減少
労働力人口とは、15歳以上の人口のうち就業者と完全失業者をあわせた人口のことである。総務省のデータによると、2022年平均で6,902万人(男性が3,805万人、女性が3,096万人)となっている。内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省の将来見通しによると、2040年には労働力人口は5,654万人まで減少するとされている。
また、構造的には、高齢労働者が減少するのではなく、若年労働者が減少することによって全体の労働力人口が減る構造となっており、人手不足においても少子高齢化起きているといえる。
労働需要と供給のミスマッチ
人手不足が深刻な業界では、以下の4つの特徴がある。
- 給与水準が低い
- 肉体労働が求められる
- 夜勤や休日出勤が必要な勤務体系
- 景気悪化の影響を受けやすい
求められる人材要件と求職者のニーズがあっていない業界ほど、人手不足が深刻になっているといえる。また、業界間の人材獲得競争も起きており、業界全体の利益率が低く、給与水準がなかなか上げられない業界は非常に厳しい状況である。
また、厚生労働省の一般職業紹介状況によると、有効求人数と有効求職者数、また新規求人数と新規求職申込件数のギャップは埋まっておらず、恒常的なギャップが発生している状況である。
採用コストの上昇
労働力人口が年々減少し、人材需要と供給のギャップが恒常的に起きている状況を背景に、企業の採用コストが上昇している。採用に必要な広告宣伝費、採用マーケティング費、人材紹介料が年々増加している。
中堅・中小企業の場合は、大手企業ほど採用コストをかけることができないため、自社に必要な優秀な人材の獲得が困難になっている。
求職者のキャリア形成や仕事観の変化
2000年代半ばよりワークライフバランスの重要性が注目されている中で、20-30代の求職者のキャリア形成の考え方や仕事観は大きく変化してきている。また、コロナ禍を経て、働き方に関する意識や環境も変化した。
仕事よりもプライベートな生活を豊かに過ごしたいという価値観が高まり、職場環境は働きやすく、人間関係にストレスがないことが重要視されるようになってきた。一方で、年収アップや安定した給与水準に対しても関心があり、多様な仕事観が存在している。
多様なキャリア形成や仕事観を受け入れ、求職者の成長機会を提供できるような企業が選ばれる状況になっている中、労働負荷と賃金・待遇が見合っていない企業、従来型業務の延長で業務効率化に消極的な企業、人事評価基準が曖昧で不公平な業績評価を行う企業は、人材不足が解消されない。
人材不足解消の方法
人材不足の現状と原因を見ると、場当たり的な施策では人材課題解決ができないことが分かる。必要な人材像(求人像)を改めて描くと同時に、労働環境と制度の見直しとともに、組織・業務の見直しも検討し、働きやすい業務環境の整備が必要になる。
また、人材獲得と合わせて、人材育成・教育プログラムも整備し、採用した人材の定着という短期視点だけでなく、成長機会の提供やキャリア形成支援の仕組みという中長期視点での経営基盤の再構築が重要になる。
必要な人材像と要件を描く
人材不足は構造課題であるため、経営戦略の一環と認識し、中長期視点を持って取り組むことが肝要である。したがって、経営者が人材採用や定着に関与していない場合は、改める必要がある。
成長戦略や中期経営計画を策定と連動して、将来成長を担う人材の要件と必要数を明確にし、人材不足解消策を検討することが必要となる。
中長期視点での人材不足解消策
中長期視点では、成長機会の提供とキャリア形成支援の2つの取組みが必要である。成長機会の提供とは、将来成長に向けた生産性の高い業務運営基盤を再構築することで、従業員は付加価値の高い業務を行い、処理型業務から創造型業務へシフトすることを意味している。
キャリア形成支援とは、人材育成プログラムだけではなく、従業員のキャリア形成をサポートする意識と仕組みが必要となる。そのために、キャリアパスを明確にし、実践型・挑戦型のキャリア形成プログラムを開発することが考えられる。
具体的には、新規事業開発、DX推進、M&A戦略の検討・実行、生産編成の再構築、顧客接点業務の抜本的な改革など挑戦的な課題解決プロジェクトへ参画してもらうことなどである。また、在籍型出向など他社での業務経験を提供するプログラムなども良い事例である。
短期視点での人材不足解消策
短期視点では、人材獲得施策と人材定着施策がある。ただし、従来型の人材施策の延長ではなく、中長期視点の施策と連動した取組みが成功のポイントとなる。
人材獲得施策は、マーケティング発想が重要であり、従来の定型型の採用プロセスを運用する意識では、人材不足解消は困難である。ターゲット人材の意識・ニーズや行動特性(情報収集ルートやタイミングなど)を把握した上で、マーケティングと同様の採用活動を展開する必要がある。
採用後に重要となる人材育成プログラム開発と推進体制を整備することも重要な取組みである。プログラム開発においては、階層別(新人、2-3年目、中堅、管理職)、主要テーマ別(コミュニケーション、問題解決、コーチング等)、職種別(生産、開発、営業、経営管理等)の研修を組合せることがお勧めである。
人材不足解消の成功事例
人材不足解消の成功事例として、新潟県に本社を置く米菓でトップクラスの市場シェアを誇る三幸製菓の事例を紹介する。
三幸製菓の企業概要
三幸製菓株式会社は、創業62年で米菓業界では後発企業であるものの、米菓業界の市場シェアは23.6%とトップクラスに位置づく。年間商品数は98種類、30代以下の管理職は30%、働くママは132名という、若手社員への成長機会提供と多様性を意識した人財戦略を推進している優良企業である。
企業概要
会社名 | 三幸製菓株式会社 |
設立 | 1962年 |
本社 | 新潟県新潟市北区新崎1-13-34 |
事業内容 | 米菓を中心に品質にこだわったおいしいお菓子をお客さまにお届ける「雪の宿」「三幸の柿の種」「チーズアーモンド」「ぱりんこ」など、創業以来長く愛される商品を多数開発さまざまなシーンでお菓子を食べる方を笑顔にすることを目指し、商品の企画、開発から製造、販売まで一気通貫で運営 |
売上高 | 475億円(2023年9月期) |
従業員数 | 1,279名(2023年9月末時点) |
三幸製菓の人材採用の取組み
採用活動を行いながら抱えていた違和感を解消すべく、人材採用課題の独自の解決策を生み出し展開した。採用活動の違和感の例は、以下のような認識についてである。
人財採用活動の違和感
- たくさん集めればその中できっといい人が見つかる
- 主体的で積極的、コミュニケーション能力の高い人材が優秀
- 面と向かって話し合えば人となりがわかる
課題解決に向けた認識
- エントリー数の増加は不合格者の増加
- ポジショニングを誤ると負け戦になる(勝ち目のない指標で戦わなければならない)
- ターゲットを誤るとこれまた負け戦(誰もが欲しがる人材と採るだけの力があるか)
- 正しく評価できる手法の模索(面接官に左右されない、主観に頼らない科学的な手法を目指す)
こうした人材採用の違和感を解消すべく、採用担当の本質的な業務を再定義した。具体的には、自社に必要な人材を確保することと認識し、「新卒」という枠を取り払い、採用施策を再検討した。
人材採用活動の変革
人材要件を再定義し、必要な人材像を明確にした。具体的には、社員インタビューとアンケートの実施、採用時データの分析とパフォーマンスの追跡により、人材要件を洗い出した。結果、採用対象は年齢制限を廃止、外国人も対象にし、通年採用に切り替えた。
採用時点で評価すべき評価項目を明確にした。行動特性、性格適性+経営とのフィット感など、採用時点での評価基準を明確に定義した。例えば、多くの企業が重要視するコミュニケーション能力や志望動機は重要視しない方針としている。
選考方法も工夫し、5ステップで採用プロセスを見直した。具体的には以下のような独自採用プロセスを構築した。
- 日本一短いエントリーシート(ES)の前に
- どうにもならないことを確認(おせんべい好きか、新潟県で働けるか)
- 日本一短いES
- 連絡先メールアドレスだけ入力
- 35の質問
- 独自開発したアセスメントツールで測定
- 具体的には7適性×5質問に回答してもらう7適性とは水平的集団主義、認知欲求達成性、外向性、開放性、曖昧さの享受、曖昧さの統制
- 適性を見極め、選考コースを振り分ける
- カフェテリア採用
- 選考コースは「おとまり採用」「考えな採用」「ガリ勉採用」「おせんべい採用」「わんこ採用」「出前全員面接会」など、17種類の選考コースを用意
- 各選考コースで表れる志望者の行動を見て評価することを狙いとしている
- 最終選考
- 経営とのフィット感を最終確認する
人材採用活動の変革の成果
- 採用活動の質が高まり、少ない採用担当者数で、自社にフィットした人材確保ができるようになった
- 独自の採用の取組みにより知名度が向上し、自然と優秀な人材が集まるようになった
- 大手企業との採用競争に陥らず、求人サイト経由ではなく、独自採用チャネル開発に成功した
人材獲得における注意点
最後に人材獲得における注意点を整理する。三幸製菓の人材採用の変革の取組みは非常に参考になるが、もう一つの離職率抑制・定着促進の取組み事例を紹介する。
人材定着促進の根本は組織風土改革
三幸製菓は、離職率改善の必要性を感じ従業員満足度を実施、2年間かけて大規模な改革を推進した。経営者がその必要性を認識し、人材定着・組織風土改革に責任をもってコミットした取組みを行っている。
具体的には、かなり細かい小さな改善も含めて、改革をやり切っていることが非常に重要である。
- 従業員満足度調査の対象は正社員だけでなく、パート社員も含む全社員
- ビジョン、ミッション、バリューを改めて作成し、経営者を含め朝礼や会議で繰り返し伝え、啓発ポスターや携帯カードも作成し展開
- 前向きな改善要望や質問に対しては即対応
- 工場の電気が暗い、室温の温度調整ができない、駐車場の数が足りない、システムの使い勝手が悪い、ノートPCが外で使いづらいなど、労働環境面の課題解決も一つ一つ対応
- 使いづらい営業事務所は引っ越す、エアコンの入れ替えなど、できることを直ぐに対応
- 不公平感のある人事制度も改革。給与制度、諸手当制度を含め、見直しを行った
こうした経営者がコミットした改革により、従業員が「もっと会社がよくなるにはどうすればいいか」と考えるようになり、社内における提案数も増加。最終的に従業員の定着率が大幅に改善した。
経営者のコミットメント(約束)が重要
三幸製菓の人材定着促進・離職率の改善の成功要因は、経営者が従業員アンケートを取る際に、必ず改善の声に応えることを約束できたことである。
多くの企業で行われている課題把握やアンケート調査で陥りがちな問題は、調査のしっぱなしで、収集した従業員の声を真摯に聞かず、改善策を実行しないことである。
こうした状況では、経営陣と従業員の間に信頼関係は生まれず、企業や所属組織への貢献意欲は生まれず、企業が成長することはできない。経営陣と従業員のお互いが要望に対して応えようとする意識がない企業は、人材不足の問題解決が進まない可能性が高い。改めて、自己評価をしてみてほしい。