ROICとは
ROIC(Return on Invested Capital)とは投下資本利益率のことで、企業の稼ぐ力を評価する指標である。事業に投下した資金からどれだけのリターンを生み出したかを示す指標であり、ROICの計算は以下の通りとなる。
ROIC(投下資本利益率) = 税引後営業利益 ÷ 投下資本
・税引後営業利益(NOPAT:Net Operating Profit after Tax):本業の儲けである営業利益から法人税等を除いた儲け
・投下資本:有利子負債+株主資本
ROICは、事業に投下した資本と獲得した利益の割合のため、PLだけでは見えない事業の本質的な収益力(=稼ぐ力)を評価することができる。
例えば、売上高10億円、NOPAT 5億円の事業が2つあったとする。事業PLの評価だけでは同じ評価になるが、投下資本がA事業10億円、B事業20億円だとすると、事業の評価は変わる。
A事業のROIC = NOPAT 5億円 ÷ 投下資本 10億円 = 50% (利益率 50%)
B事業のROIC = NOPAT 5億円 ÷ 投下資本 20億円 = 25% (利益率 50%)
各事業のPLだけ見ると、いずれも利益率50%で同水準である。しかし、投下資本を考慮すると、A事業のROIC 50%に対してB事業のROICは25%となる。A事業のほうが、より小さい投下資本に対して儲けを出していることが分かる。
ROE、ROAとの違い
ROIC同様に、投下資本に対する収益性を評価する指標としてROA、ROEがある。ROICとそれぞれの指標との違いを解説する。
ROAとは
ROA(Return On Assets)とは、企業の総資産利益率のことである。調達資金を投資し、資産を有効活用してどの程度の利益を獲得したかを示す指標である。
ROA(総資産利益率) = 税引後当期純利益 ÷ 資産
企業のROAを見ると、企業が保有している資産(流動資産、固定資産)を効率的に利益創出に結びつけているかを評価することができる。具体的には、自社の時系列のROAを整理し、ROA分解をしてみることで課題を洗い出すことができる。また、競合他社との比較によって、自社の強みと弱みも抽出することに役立つ。
ROEとは
ROE(Return On Equity)とは、自己資本利益率のことであり、株主資本利益率とも言われる。投資家目線で、株主から調達した資金を効率よく利益創出に結びつけられているかを評価することができる。基本的に、ROEが高いほど資本を有効活用し、効率的に稼いでいる企業と言え、逆にROEが低いほど経営効率の悪い企業と言える。
ROE(自己資本利益率) = 税引後当期純利益 ÷ 自己資本
ROEは資本効率の評価に役立つ指標ではあるものの、指標算定に借入を含む負債は考慮されていない。総資産と当期純利益が同水準で、ROEが異なる企業があった場合、ROEは負債が大きいほど効率良く利益を上げているように見える。
A社のROE = 当期純利益 1億円 ÷ 自己資本 10億円 = 10%
・総資産 40億円(負債 30億円、自己資本 10億円)、当期純利益 1億円
B者のROE = 当期純利益 1億円 ÷ 自己資本 30億円 = 3.3%
・総資産 40億円(負債 10億円、自己資本 30億円)、当期純利益 1億円
ROEはこのように財務レバレッジによる操作が可能な指標であり、過度な財務レバレッジは経営リスクも高いため、注意が必要である。
ROICのメリット
ROIC導入は、株主目線での事業運営を浸透することができるため、投資判断や経営課題に対して共通言語化できることが大きなメリットと言える。そのほかにも、良い点がいくつかある。
稼ぐ力を正確に評価できる
ROICは、分母である投下資本の数値を意図的に操作することができないため、企業の所有者である株主の目線で正確な効率性分析が可能となる。
ROEは、自社株買いで資金を得て自己資本を減らすことで、数値を操作できる。また、前述の通り、財務レバレッジによりROEが高く見せることができる。
ROAは総資産(総資本)を分母として計算するため、買掛金などの事業負債までが含まれる。そのため、取引先への買掛金の変化により数値が変わる可能性がある。
企業単位だけでなく事業単位でも算出可能
ROICの考え方を活用すると、企業単だけでなく事業単位でも投下資本に対する利益率を算出することができる。複数事業を展開している企業にとっては、各事業の正確な収益力を同じ指標で評価することができる。
限られた資金を効果的に配分するための指標としては有効であり、事業ポートフォリオ管理を行う上で、優れた指標であると言える。また、事業運営上の目標管理指標としても活用することができる。
ステークホルダーへの説明が明確になる
ROICの導入と運用が定着すると、株主や金融機関への事業成果の説明が明確になる。調達資金をどの事業へいくら投下し、結果どの程度利益を創出できたかを説明することができる。また、事業同士の比較も可能であり、ステークホルダーとの合意形成には有効となる。
また、ROICが競合他社よりも高ければ、新しい投資家や金融機関からの評価が高まる。資金調達機会も増える可能性がある。
ROICのデメリット
ROIC導入のデメリットも整理する。
財務知識や考え方の学習が必要
ROICを導入し経営管理を行うためには、基本的な財務知識が必要になる。また、投下資本の考え方や適正な資本効率の設定(社内ハードルレートとしてWACCなど)など、日々の業務であまり使わない指標や考え方が登場する。
上場企業でかつ大企業の場合は運用が可能かもしれないが、中堅・中小企業で非上場企業の場合は、基本的な知識と考え方を学習する必要がある。株主と経営者が一致しているオーナー企業の場合は、経営の考え方にも関係するため障害が大きい。
全ての業種や企業のライフサイクルに有効とは言えない
ROICは異業種間の比較や事業ごとの比較など、稼ぐ力を比較する指標としては有効である。ただし、以下のような業種は事業特性上、ROICによる経営管理が向かない可能性がある。
資本集約的な産業
資本集約的な産業では大規模な設備や施設が必要であり、多額の資本投資が伴う。結果、相対的にROICが低くなる可能性がある。もちろん、投下資本の有効活用を意識した経営、事業運営は非常に重要であるが、ROICの基準設定や運用については向かない可能性がある。
競争が激しい、需要変動が激しい産業
競争が激しい産業では、価格競争が激しく利益率が低下することが多い。低い利益率はROICを押し下げる要因となるが、価格戦略を短期的に変えることは難しい。同様に、需要の変化が激しい産業でも、柔軟な供給体制構築が必要であり、臨機応変な投資が必要となる。
技術の急速な進歩が求められる産業
技術進歩が速い業界では、新技術の開発や設備に対する投資が必要となる。草創期や成長期の企業においては、ROICで評価されると打ち手の自由度が狭まる。
ROIC導入のポイント
最後に、ROIC経営を行う際のポイントを整理する。ROICの考え方を理解した上で、効果的な事業運営に役立ててほしい。
事業の成長ステージを意識する
ROICは資本効率を評価する指標のため、事業の草創期や成長期においては低くなることが多い。ROICのみで事業を評価すると、将来成長に向けた正しい経営判断にならない可能性がある。
ROICを共通指標として、複数の経営管理指標を設定し、事業の成長ステージに応じた目標設定と事業運営・管理を推進することが重要である。
複数の経営管理指標と一緒に活用する
ROICだけでなく、ROA、ROE、WACCなど関連指標を複数活用して運用することが必要である。各経営管理指標は異なる視点から稼ぐ力を評価することができるため、ステークホルダーの期待や要望に応じて使い分けることも重要である。
WACC(Weighted Average Cost of Capital)とは、借入コストと株式調達コストを時価で加重平均したもので、加重平均資本コストと呼ばれる。具体的には以下の計算式で算出される。
WACC = D/D + E × RD (1-T)+ E/D + E × RE
・D :負債
・E :株主資本
・RD :負債コスト
・RE :株主資本コスト
・T :実効税率
WACCはハードルレートとも呼ばれ、資本調達コストを上回る利益率を達成することが、企業価値向上に貢献しているという考え方である。
投下資本についても、連結ベースの企業単位の場合は、総有利子負債+純資産を、事業別の場合は、固定資産+正味運転資本で算出することも多い。
ROIC設定の事業の定義を意識する
欧米企業の場合、事業やブランド部門が強いが、日本企業の場合は顧客単位や地域単位で組織や事業が編成されることも多い。顧客ニーズに対してマルチブランドで製品やサービスを提供しているような事業モデルでは、ROICを導入することが難しい。
PPMやビジネススクリーンなど、適切な事業単位(SBU)設定を行い、事業ポートフォリオ管理を行う手法を導入している企業とは親和性が高い。
また、複数の製品事業を内包した複合事業部門なども、正確に投下資本を認識し、適切なハードルレートを設定することが困難な場合もあると思料する。