株式譲渡とは
株式譲渡の概要
株式譲渡とは、譲渡対象会社の株主(売り手)が所有する株式を、譲受側(買い手)に譲渡するM&Aの手法である。譲渡対象会社の株主である売り手は、株式を譲渡する対価として現金を受け取り、買い手は譲渡対象会社の経営権を継承する。
株式の譲渡によってM&Aが完了する比較的簡易な手続きであり、且つ、売り手である株主が株式譲渡の対価を受け取れるため、株式譲渡の手法は中堅・中小企業のM&Aではよく選択される。
中堅・中小企業のM&Aでは、譲受側(買い手)は全ての株式を取得するケースが多く、後継者不在の事業承継の課題解決にM&Aが活用されていると言える。
株式譲渡の種類
株式譲渡の買い手は、対象会社の株主(売り手)から株式を取得する。取得方法は、大きく3つの種類があるが、非上場である中堅・中小企業においては、相対取引となる。
- 相対取引
非上場企業の株式を、株主との直接交渉で取引する方法。取引所を通さずに買収企業である買い手と売り手が直接交渉で行う取引方法であり、あらかじめ当事者同士が売買する価格や数量を決めてから、取引所外で取引を行う。
但し、株主が分散している場合は個別に交渉する必要があり、株式譲渡手続きの負担は大きくなる場合もある。
- TOB(株式公開買付)
買い手が上場企業の株式を取引所外で買い集める場合、TOBを採用する。TOBは、あらかじめ買い付け期間、買取株数、価格を公開し、取引所外で上場企業の株式を買い取る取引方法である。
TOBでは経営権を取得できる50%超の株式を買い集めるために、市場価格よりも高いプレミアム価格を提示することが一般的である。
- 市場買付
市場買い付けとは、証券取引所を通して株式を売買する取引方法で、売り手が上場企業であれば、証券取引所を通して株式を買い集めることが可能ではあるが、株式譲渡において市場買い付けが行われるケースはほとんどない。
株式譲渡と事業譲渡の違い
株式譲渡は、買収対象会社の「株式」が対象である一方で、事業譲渡は「事業」が対象となる。
株式譲渡は、会社経営権の移転を軸においた手法で、対象会社の株主が保有する株式を譲渡するものである。一方で、事業譲渡は資産の売買を軸においた手法で、対象会社が保有する事業の全部または一部の譲渡が行われるM&Aになる。
株式譲渡は、譲渡側の株主が変わるだけで、対象会社組織はそのまま引き継ぐ形となり、会社の資産、負債、従業員や契約、許認可等は原則存続する。また、手続も他の手法に比べて相対的に簡便である。
但し、未払残業代等、貸借対照表上の数字には表れない簿外債務や、紛争に関する損害賠償債務等、偶発債務も引き継ぐことになる。また、賃貸借契約等についてのチェンジ・オブ・コントロール条項の定めがある場合には、当該契約等の継続のために事前に賃貸人等との協議や交渉が必要になることがあり、注意が必要である。
事業譲渡は、資産、負債、契約及び許認可等を個別に移転させるため、債権債務、雇用関係を含む契約関係を、一つ一つ、債権者や従業員の同意を取り付けて切り替えていく必要がある。譲渡する資産の中に不動産を含むような場合には、登記手続も必要となる。また、許認可等は譲受側に承継されないことも多く、その場合には譲受側で許認可等を新規に取得する必要がある。
事業譲渡は、手続きは煩雑になることが多いが、個別の事業・財産ごとに譲渡が可能なことから、事業の一部を手元に残すことも可能となる。譲受側にとっては、特定の事業・財産のみを譲り受けることができるため、簿外債務・偶発債務のリスクを遮断しやすいメリットがある。
株式譲渡のメリットとデメリット
株式譲渡のメリットとデメリットを、売り手と買い手の両側面から整理する。
売り手企業のメリット
- 経営・事業運営の継続が可能
- 株式譲渡の対価が得られる
- 税金を抑えられる
対象会社の株主が変わるだけで、従業員の雇用や顧客との取引関係は存続する。したがって、株主の意向にもよるが、経営や事業運営を大きく変えることなく事業継続が可能。買い手企業の子会社になることで、ブランド力や事業資産の活用による事業成長も考えられる。
対象会社の株主(売り手)は、株式譲渡の対価を受け取ることができる。非上場企業の場合、株主は保有株式の売却は通常困難であるが、株式譲渡では契約後に対価を得られる。
事業譲渡では、売り手の株主へは譲渡益の約30%の法人税がかかる一方で、株式譲渡では譲渡益に対する所得税・住民税の20.315%となる。
売り手企業のデメリット
- 少数株主がいる場合、全株式の譲渡に時間がかかることがある
- 不採算事業がある場合、売却価格が下がる可能性がある
買い手企業が全株式取得を目指す場合、反対する株主や所在不明の株主が存在すると、全株式の譲渡はできない。少数株主を排除する方法(スクイーズアウト)もあるが、株式を取り纏める手間がかかることは、株式譲渡のデメリットである。
株式譲渡は事業譲渡とは異なり、一部の事業だけを譲渡することはできない。売り手企業に不採算事業がある場合、企業価値算定の結果、譲渡価額が下がる可能性がある。その場合、より良い条件で売却するには、不採算事業の切り離しや再構築を行う必要がある。
買い手企業のメリット
- 対象会社の経営権が得られる
- 手続きが比較的簡単
株式の過半数を保有する株主は、対象会社の支配権を持つ。全株式を取得できれば、買い手企業は支配権を行使でき、三分の二以上の株式を取得できれば、株主総会の特別決議が可能となる。対象会社の経営権を握ることで、自社事業との相乗効果を発揮する成長戦略を実行することができる。
株式譲渡は、対象企業の株主と買い手企業の取引に支障がなければ、比較的短期間で手続きが完了できる。債権者保護の手続きや公告が原則不要であり、必要な手続きが他のM&Aプロセスよりも簡易な点がメリットである。
買い手企業のデメリット
- 簿外債務を引き継ぐリスクがある
株式譲渡では、会社資産だけでなく負債も引き継ぐため、簿外債務の有無の詳細把握が必要となる。非上場の中堅・中小企業では、特に重要となる。買い手企業は、多額の簿外債務が発覚しないように対象会社のデューデリジェンスをしっかり行うことが必要である。
株式譲渡によるM&Aのプロセス
通常、非上場の中堅・中小企業の株式には譲渡制限があることが多い。譲渡制限株式の譲渡には、対象会社の承認が必要となる。譲渡制限株式の株式譲渡の手続きを整理する。
- 株式の譲渡制限の確認
買い手は、買収対象企業の株式の譲渡制限の有無を確認する。具体的には、対象会社の定款、もしくは登記簿の株式の譲渡制限に関する規定欄を確認する。 - 株式譲渡承認請求
株式を譲渡する株主(売り手)から、対象会社に対して株式譲渡承認請求を行う。具体的には、必要事項を記載した株式譲渡承認請求書を提出し、取締役会や株主総会の承認を得る必要がある。 - 取締役会または株主総会
株式譲渡承認請求の承認が得られたら、取締役会を設置している企業は取締役会、取締役会のない企業は株主総会を開催することになる。通常は、株主と対象企業の役員間では、事前に株式譲渡の承認が得られていることが多い。株式譲渡が機関決定されると、譲渡制限株式の売買が可能となる。 - 株式譲渡契約の締結
株式を譲渡する株主(売り手)は、承認通知を受けた後に買い手と株式譲渡契約を締結する。売り手と買い手双方が必要事項を記載した株式譲渡契約書に記名押印することで、契約手続きは完了する。 - 株主名簿の書き換え
株式譲渡の効力は、譲渡制限株式の譲渡だけでは発生しない。売り手と買い手が、共同で対象会社に対し株主名簿の名義書換請求を行い、株主名簿を書き換える手続きが必要である。
以上の手続きによって、買い手企業が新しい株主となり、経営権が移行する。一般的には、株式譲渡後に対象会社の新株主として議決権を行使し、株主総会等を開催し、新しい取締役等を選任し新しい経営体制を発足させる流れとなる。
株式譲渡における留意点
最後に、株式譲渡を進める上での留意点を整理する。
- 株券発行の有無の確認
株券不発行会社の株式譲渡は、売り手と買い手が合意の上で、株式譲渡契約を締結し、株主名簿の名義書換を行う必要がある。
株券発行会社の株式譲渡は、株券を交付しなければ効力を生じないため、買い手と売り手の合意だけでは株式の権利は移転しない。売り手が買い手に株券を交付する必要がある。そのため、株式譲渡契約に加えて、株券の交付手続きが必要となる。
- 従業員持株会の株式譲渡
従業員持株会の株式を譲渡するには、従業員持株会加入者全員の承認を得る必要がある。もしくは、従業員持株会を清算する必要があるため、注意が必要となる。
- 名義株の有無の確認
名義株とは、株主でない人が名前だけ株主名簿に載せている株式のことで、真の所有者が不明な名義株は、M&Aプロセスにおいてトラブルとなる可能性がある。そのため、出資者や名義株となった理由を調査し、株式名簿の書き換えなどの対応が必要となる。