デザイン思考とは
デザイン思考は、これまでデザイナーが仕事の中で培ってきた手法や思考方法を、プロダクト開発だけでなく、より複雑な問題解決やシステム設計に利用することを目指している。ただ、その狙いは分かるものの、デザイナーとの接点がない企業や中小企業経営者は、デザイナーの手法や思考方法と聞いても、正直ピンとこないのではないか。
デザイン思考の最大の特徴は、人間中心的アプローチである。人間中心的アプローチとは、大量生産型の生産・消費経済で忘れられがちな「顧客やユーザーのための商品やサービス」を設計・開発するという考え方である。デザイン思考が世界的に認知されるようになったのは、米国デザインファームIDEOの創業者であるデビッド・ケリー氏が、2004年にスタンフォード大学にデザイン思考研究所「d.school」を創設したことがきっかけと言われる。d.schoolから提唱された方法論として、デザイン思考の5段階モデルが有名である。
デザイン思考に使えるフレームワーク
d.schholが提唱した5段階モデルと合わせて、共感マップとジャーにマップのフレームワークを紹介する。いずれも、顧客を起点として課題を発見し、イノベーションに結びつけるアプローチが特徴と言える。
デザイン思考の5段階モデル
- IDEOの共同経営者であるトム・ケリー氏は、特許庁のインタビューで「デザインシンキングのエッセンスを煎じ詰めると、おそらく共感、実験、ストーリーテリングの3つの要素に集約される」と述べている。
- 5段階モデルでも3つの要素が盛り込まれている。具体的には、以下の5つのステップである
- 共感(Empathize)
- 商品やサービスの問題を顧客視点で捉え共感することから始まり、顧客ニーズや価値観に整理する。そのために顧客行動と心理を観察、インタビューを通じて意見交換をし、顧客の立場になって考えることが重要となる。顧客が望む顧客体験を深掘りし、根底にある課題を充分に理解することが必要である。共感を持って課題を探し出す業務をデザインリサーチという。
- 定義(Define)
- 共感し発見した問題をチームで共有・討議する。観察結果を分析・体系化・評価することで、顧客ニーズを満たす鍵となる課題を特定する必要がある。定義された課題が解決策の要件になる。
- 概念化(Ideate)
- 鍵となる顧客課題に対する解決策・方法を考える段階である。既存の考え方・枠組みに固執せず、ブレインストーミングなど柔軟な発想により創造的な解決方法を生み出す。創造的飛躍(Creative Leap)を生み出すには、仮説を投げかけながら解決方法の糸口を探すことが重要である。
- 試作(Prototype)
- 顧客課題の解決策を具体的に盛り込み、できる限り低コストで、且つ短時間で試作品を製作する段階である。解決策がプロトタイプに実装されていることが重要である。場合によっては、他部門にも共有し意見を求め、想定していた機能や解決策が採用されたり、改善されたり、再調査されたり、却下されることになる。
- テスト(Test)
- 試作品のユーザーテストを行い、得られた顧客の声を踏まえ、顧客ニーズの定義が妥当性や顧客課題の本質的な解決につながっているかを検証する。このテスト段階でも、新たな課題や改善点・再考の必要性が発見されることもある。結果、振り出しに戻ることもある。
- 共感(Empathize)
- この5段階モデルの特徴は、各段階が完了したら次のプロセスに進むという一直線型ではなく、検証の結果、前段階へ戻ったり、試作品を複数並行して製作したり、非線形的な柔軟なプロセスである。完璧主義に陥ることなく、顧客の本質課題解決のために、スピーディーに且つアジャイル型で推進することがポイントとなる。
- 組織が硬直化しがちな大企業とは違い、小回りの利く中堅・中小企業においては、デザイン思考は非常に親和性が高く、積極的に取り組むことをお勧めする。
共感マップ(Empathy Map)
- XPLANEのスコット・マシューズ氏が開発した共感マップとは、顧客要望やニーズをより深く理解することを目的に、顧客の考え、感じ方、行動様式の本質を発見するためのツールである。
- 共感マップの構成要素は、大きく6つある
- 顧客が考えていること・感じていること(What do they think and feel?)
- 顧客が口に出さずともいつも考えていることを考えること。生活シーンやビジネスシーンにおける感情、将来像、願望、価値観など、顧客大切にしていることを考えることが重要となる。
- 顧客が言っていること・行動(What do they say and do?)
- 顧客が普段の生活の中での発言、実際の声を把握すること。また、本人だけでなく周囲の人との会話も重要な要素になる。合わせて、どのような行動を起こしているかも観察・把握する。時には、考えていることや感じていることとは矛盾した行動をとることもあり、その背景や原因を深掘りすることが大切になる。
- 顧客が見ていること(What do they see?)
- 顧客が見ていること、直面していること、影響を受けているメディアなどを把握すること。顧客の置かれている環境によって、見えていることやその接触時間や比率は大きく変わる。
- 顧客が聞いていること(What do they hear?)
- 顧客が普段の生活で聞いていること、耳に入ってくることを把握すること。周囲の人との会話の中での関心ごとも含め、家族、会社、仲間、メディアやコミュニティの中で、何に耳を傾けているかを把握する。
- 顧客の課題・痛み・ストレス(Pain points)
- 4つの視点に基づく観察・分析より得られた顧客のフラストレーション、障害、心配ごと、関心ごと、ストレス、課題認識を洗い出し、整理する。新製品・サービス開発において、次のステップにつながるもっとも重要な要素である。
- 顧客が得られるもの・ベネフィット(Gain points)
- 4つの視点に基づく観察・分析より得られた顧客が欲しいこと、やりたいことなど、顧客要望・ニーズを整理する。
- 顧客が考えていること・感じていること(What do they think and feel?)
- 共感マップを作成する前提としては、ターゲット顧客を明確にし、共感マップ作成対象を具体化することである。顧客のペルソナが不明確であると、6つの要素から出てくる事実情報がぶれる恐れがあるため、注意が必要である。
ジャーニーマップ
- ジャーニーマップとは、顧客が目的を達成するための行動プロセス、その行動に紐づく感情や考え方を視覚化したものである。共感マップ同様に、顧客の本質的なニーズの把握や顧客体験(カスタマー・エクスペリエンス)を洗い出すためのツールである。
- 顧客が商品やサービスを購入に至る消費行動プロセスを描き、そのプロセスごとに、顧客接点、顧客行動、顧客心理を注意深く観察・洗出し、整理する。
- 顧客観察と合わせて、インタビューや消費者調査なども行い、実際の顧客の声や分析結果を定性・定量的にまとめる。
- 最終的には、顧客課題を明確に定義し、事業機会を描くことになる。
- 共感マップ同様に、ジャーニーマップ作成においても、ターゲット顧客を明確に設定することが必要となる。また、ジャーニーマップ作成においては、一人で考えるよりも、チームで討議することをお勧めする。自身では考えつかない新しいアイデアや事実認識が浮かびあがることも多く、単独作業よりも効率的に進めることができる。
デザイン経営とは
デザイン経営とは、デザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する経営手法のことで、日本においては、特許庁が推進しており、中小企業を対象とした「みんなのデザイン経営」というハンドブックを作成しています。
また、経済産業省と特許庁は、産業競争力とデザインを考える研究会の議論から、2018年5月にデザイン経営宣言を取りまとめ発表している。特に注目されるポイントは、革新的な技術を開発するだけでイノベーションが起きるのではなく、社会のニーズを利用者視点で見極め、新しい価値に結び付けることがデザインの役割であるという観点である。
その中で、デザイン経営の具体的な取組みとして、以下の通り7つが紹介されている。
デザイン経営のための取組み
- デザイン責任者(CDO、CCO、CXO等)の経営チームへの参画
- 事業戦略・製品・サービス開発の最上流からデザインが参画
- デザイン経営の推進組織の設置
- デザイン手法による顧客の潜在ニーズの発見
- アジャイル型開発プロセスの実施
- 採用および人材の育成
- デザインの結果指標・プロセス指標の設計を工夫
出所:デザイン経営宣言(経済産業省・特許庁)
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/data/pdf/20180523001_01.pdf
改めて7つの取組みを見てみると、マーケティング強化やDX推進の取組みと共通項がある。リーダーシップの関与、戦略策定からの参画、推進体制の重要性、顧客起点での潜在ニーズ発見、アジャイル型プロジェクトの推進、KPIの工夫と改善である。
独自性がある取組みとしては、やはり採用と人材育成である。デザイナーやデザイン専門人材は、一般的にはこれまで関心が無かった領域であると推察され、デザイン経営推進には新たな人材活用が必要になると考えられる。
デザイン経営とデザイン思考の違い
デザイン経営は、経営戦略や企業戦略にデザインを経営資源として活用し、ブランド創造やイノベーション創出に活用することを狙いとしている。最終的には、持続的な競争優位の構築と競争力向上を目指す取組みと言える。
一方で、デザイン思考は、デザイナーが追求してきた思考法を取り入れ、商品開発やサービス開発にとどまらず、より複雑な社会課題解決やシステム設計に取り入れようとする考え方である。経営戦略だけでなく、様々な適応領域があることが特徴である。
デザイン経営への取組み(中小企業と大企業の事例)
デザイン経営と取組み事例を、中小企業と大企業に分けて紹介する。中小企業の事例は、食器などの生活雑貨やピクニック雑貨の製造販売を行うアサヒ興洋を取り上げ、大企業の事例は、独自のデザイン経営を推進しているパナソニックグループを取り上げる。いずれも、特許庁が公開している「我が国のデザイン経営に関する調査研究」を参考にし、その他の公開情報を踏まえてまとめた。
中小企業のデザイン経営の事例:株式会社アサヒ興洋
課題
- 消費者のライフスタイルや嗜好が多様化した食卓市場において、食器業界が追い付いていない
- オリジナル商品の開発に積極的ではなかった
- 消費者ニーズや生活変化を踏まえた、商品デザインを抜本的に変革する必要があった
解決策
- 自社の提供価値を再定義し「現代の日本の子育て家族のための製品づくり」を理念に設定
- 経営者自らが先頭に立ち、独自の新商品開発プロジェクトを推進
- 顧客起点に立ち、子育て家族の食器、収納方法、献立、食事の準備についての不満を観察・調査
- 抽出したニーズを踏まえ、和食も洋食も、子供も大人も使いやすいデザインを追求
- 3Dプリンタを活用し、モックアップ作成。洗いやすく、片付けしやすく、手になじみやすいサイズとデザインを開発
取組み成果
- 完成した「WAYOWAN」は、市場投入後の顧客評価を受け、年間約40万個の販売を達成
- 毎年、オリジナル製品開発に取り組むことができる体制と組織能力を身につけることができた
大企業のデザイン経営の事例:パナソニックホールディングス株式会社
課題
- 従来の延長線上のやり方ではなく、思考に柔軟性を持たせた新たな成長戦略が必要
- 新しい価値創造には、地球や社会、生活者の視点で、2030年ごろに向けた新たな価値を議論し、将来像から逆算して現状との差異を分析しながら、成長戦略と必要な活動を考える必要があった
解決策
- デザインチームがファシリテーターとなって事業部門ごとに未来のビジョンを構想
- 今後のあるべき姿への長期戦略を描き、デザイン思考も取り入れ、新たな課題を発掘
- 各事業部門長がリーダーとなって推進、デザイン部門は支援の役割。各事業部門には、ビジネス、テクノロジー、クリエイティブのスキルを備えたBTC人材が求められる
- 2021年にパイロットプロジェクトを、BtoB分野の事業部門とBtoC分野の事業部門で実施
- プロセスやメソッドの有効性を検証
取組み成果
- 直接的な顧客の視点から視座が上がり、顧客の先にいる最終ユーザーや社会を起点とした思考へと変化が起きた
- これまでの既存事業の縛りを乗り越え、新しい発想や意見がメンバーから出てくる行動変容が起きた