人材育成の目標・目的とは
人材育成における目標とは、人事評価制度における評価制度と密接な関係がある。評価制度における目標は、大きく4つに分類できる。具体的には、業績目標、成果目標、能力目標、情意目標の4つである。
人事評価制度の4つの目標と人材育成の目標の関連性
一つ目の業績目標とは、全社目標、部門目標、個人目標があり、業績結果項目(売上高、粗利額など)と業績プロセス項目(訪問件数、顧客満足度など)で設定する目標である。文字通り対象期間の業績で評価することを目的としており、数値で表現されることが多い。
二つ目の成果目標とは、戦略や事業計画の実現に結びつく行動目標を設定する。重点施策の達成度など、事業計画に紐づいた目標設定が求められる。また、中長期的な重要アクション(新規商品アイデア創出など)についても目標設定することで、将来の事業成長において必要とされる組織能力づくりを加速するための目標として活用される。
三つ目の能力目標とは、業績目標と成果目標を達成するために必要な各人の能力・スキルを定義し、その能力開発達成目標を設定する。能力評価は、能力を実践して初めて評価されることに注意する必要があり、ポテンシャルや発現されていない状態では評価することができない。すなわち、能力が発揮された状態のパフォーマンス実績が必要となる。
四つ目の情意目標とは、業務に対する姿勢や考え方の目標である。例えば、チームワーク、成長意欲や積極性、責任感などは、全社員が達成すべき必須項目と言える。このような企業にとってのコアバリューをよりどころとした目標が情意目標と言える。
多くの企業において、人事評価制度における4つの目標設定は行われているものの、人材育成の目標は設定されていないケースが多い。人材育成の目標は、目指す人材像を描いた上で、中長期の達成目標と年度目標へ落とし込む必要がある。評価制度との関連では、特に三つ目の能力目標と連動することが必要である。
人材育成の目的と目標の明確化の必要性
人材育成の目標設定において、くれぐれも注意して欲しいポイントは、業績目標と同一の目標設定をしてしまうことである。例えば、営業職であれば「販売目標の達成」を目標とするのは、業績目標であり、人材育成の目標ではない。
人材育成の目的は大きく3つある。一つ目は、企業の持続可能な事業成長を支える人材基盤を構築すること、二つ目は、競合他社には真似できない競争優位を構築すること、三つ目は、新たな顧客価値の創造を継続的な行うことである。
そのために必要な人材要件を定義し、採用し、人材育成することが重要になる。経営者や人事部門担当の人材育成に対する目線の高さが低いと、単なるスキル向上や意識改革という場当たり的な取組みに陥る可能性があるため、注意が必要である。
人材育成の目標を立てる手順
目標設定のフレームワークで良く活用されるSMARTの法則がある。SMARTは、Specific(具体性)、Measurable(進捗の測定可能性)、Achievable(実現可能性)、Relevant(最終目的との関連性)、Time-bound(期限の設定)の5項目で構成される。
SMARTの5項目を人材育成の目標設定の十分条件として活用するとともに、次の3つの要件を踏まえて人材育成の目標設定を進めて欲しい。
何を目標とするか Whatを設定する
人材育成の目標を設定する際は、階層別に求められることが異なる。階層別に求められる人材要件を理解した上で「〇〇ができる能力を身につける」という表現で言語化することをお勧めする。その上で、どのような成果を出せる能力かを可能な限り数値化できる指標でゴールを設定する。
例えば、営業職であれば「顧客の売上増加に貢献できる能力を身につける」とし、目指す成果は「顧客の売上が前年比110%増加を実現」とするイメージである。この目標設定を「自社売上を前年比110%増加させる」とすることも可能であるが、Exiting(わくわくする目標か)という要件を満たしているかどうか評価して欲しい。
また、対顧客向け(対外的な)Whatと合わせて、社内向けのWhatも意識すると良い。その理由は、同僚や先輩や他部門など、チームで業務を推進することが多いため、他者を巻き込み成果を出すことが多い。さまざまな他者を巻き込み成果を出す能力自体も非常に重要であるため、是非社内向け要素も考えて欲しい。
なぜその目標とすべきか Whyを明確にする
なぜその目標とすべきかを明確にすることは、何を目標とするかを設定することと同じくらい重要な要件である。Whyを明確にすることは、能力開発に対する継続的なモチベーションになる。
例えば、「顧客の売上増加に貢献できる能力を身につける」という目的を設定した場合、そのWhatを設定した理由と背景を明確にすることが必要である。自社製品やサービスを販売するだけでなく、顧客に価値を提供できる能力を身につけることで、より深く顧客のビジネスの成功に貢献することが求められている。
より深い顧客理解や顧客体験の提供など、販売以外の価値提供に必要な活動は多くある。こうした実践能力を身につけることで、より中長期的な顧客関係づくりや新しい商談機会の発掘ができるようになる。こうした理由と背景を考えることが、より良い人材育成の目標設定につながる。
わくわくする目標か Excitingな目標かどうかを評価する
最後に、わくわくする目標かをチェックして欲しい。意外な盲点であるが、人材育成の目標設定の場合、このExciting要件は重要である。自身が腑に落ちているかどうか、積極的に達成しようと努力すべき目標かどうかを図る要件とも言える。
前述のWhatの設定において「顧客売上が110%増加」と「自社売上が110%増加」のどちらがわくわくするか評価をしてみて欲しい。能力開発の観点で、前者のほうがより挑戦的であり、能力の市場価値を高める可能性がある。もちろん後者のほうがわくわくする人もいると思うが、その際はWhy要件を明確にしることで、最終判断して欲しい。
職種別の人材育成の目標設定事例
人材育成の目標設定を立てる手順を踏まえ、職種別の目標設定事例を紹介する。あくまで参考事例なので、事例を参照しながら、自社および各人の求められる人材要件に沿って考えてみて欲しい。
営業職の目標設定事例
営業職は、単なる売り子から顧客との中長期的な関係構築を行い、より深い顧客理解に基づき最適な提案を行うことが求められる。更に、昨今ではインサイドセールスや技術営業とともにチーム営業を実践することが重要となってきている。
目標設定事例
目標 | 産業機械メーカーの顧客の優先課題解決商談を年間3,000万円受注する |
What | 産業機械メーカーの顧客の優先課題の解決提案力を強化すること特に、自動化による生産効率向上と製版連携の強化への貢献を目指す。 |
Why | 多様な産業機械メーカーへの横展開が可能な能力は競争力がある顧客の優先課題を発見し、チームで提案できる能力には付加価値がある |
Exciting | 顧客の経営陣とビジネスができる可能性がある自社リソースを最大限活用し、最先端の提案をする機会が得られそう |
Specific | 対象顧客、課題領域、受注額が明確になっている |
Measurable | 優先課題の定義は、特に生産効率向上と製版連携の2点と設定されている |
Achievable | 単なる営業予算達成ではないため、チャレンジングな目標ではあるが、対象顧客の幅を持たせ実現性を担保している |
Relevant | 顧客課題解決力を高め、顧客のビジネスへ貢献することと自社の収益貢献の両立を目指すというあるべき姿に沿っている |
Time-bound | 1年間という期間を設定している |
開発職の目標設定事例
開発職は、研究成果を製品やサービスとして実用化したり、新しい技術を創造したりする仕事を担う。新製品開発の0→1というより、1→10や10→100を担う職種である。開発職の中でも、研究開発と技術開発と製品開発に分かれるが、今回は製品開発職を取り上げる。
製品開発に求められる能力は多岐にわたり、目標設定も難しい。産業によっても製品ライフサイクルや顧客ニーズが異なるため、各社各様であるため、今回は典型的な事例を紹介する。
目標設定事例
目標 | 売上1億円以上の新製品を3年以内に上市場する |
What | 自社特有の技術や強みを生かし顧客ニーズを満たす新製品を作り上げる経験値と能力を身につけること試作から量産までの一連の新製品開発プロセスを経験し、自力で推進できる能力を身につけること |
Why | 既存製品事業が成熟期を迎える中で、将来の柱になる新製品開発が自社の優先課題である新製品開発を成功に導くことができる思考と実務と経験を身につけることで、個人としても企業としても競争力を高める |
Exciting | 新しい顧客ニーズと市場を定義し、PMFを実現する経験を積むことができるマーケティング、製造、ビジネス管理(投資とマネジメント)の多様な領域の業務を経験することができる |
Specific | 新製品の事業規模、達成期間が明確になっている |
Measurable | 新製品の事業規模、達成期間、市場投入による達成されることが定められている |
Achievable | 売上1億円以上が妥当かどうかは、企業により異なる乗り越えるべき事業規模の最低限の事業規模と言える |
Relevant | 既存事業が成熟している中で、喫緊の経営課題である新製品開発領域での経験は、能力開発においても非常に付加価値が高い |
Time-bound | 3年以内という達成期間を設定しる |
企画職の目標設定事例
企画職は、営業企画、商品企画、事業企画、経営企画、広告宣伝、マーケティングなど多様な職種が想定される。今回は経営企画を取り上げる。
経営企画部門の役割については、別途記事を参照して欲しい。経営企画は企業経営の中枢機能であり、非常に重要な役職である。具体的には、経営陣の意思決定支援、経営戦略の実行支援、新規事業やマーケティングなどさまざまな経営課題の解決をリードすることが求められる。
目標設定事例
目標 | 赤字のA事業部を2年以内に黒字化し、将来成長に向けた種を2つ創造する |
What | 赤字事業部Aの黒字化は、企業価値向上において優先課題の一つであるターンアラウンドの実務とノウハウは付加価値が高い |
Why | 客観的な事業性評価と戦略の再構築は、今後の事業ポートフォリオマネジメントにおいても重要な能力になる事業部門と連携して組織を立て直すことは、対象部門だけでなく全社的なモチベーション向上にもつながる |
Exciting | 難易度が高い業務ではあるものの、達成した際の自社及び株主へのインパクトは非常に高い外部専門家とも協業することで、多様な視点やノウハウを学ぶことができる |
Specific | 目指す利益水準、達成期間、状態目標が明確になっている |
Measurable | 達成水準、達成期限が定められ、将来成長の芽についても2件と設定されている |
Achievable | 2年以内という達成期限が妥当かどうかは緊急性によるが、構造課題のある事業部である場合は、スピーディーなターンアラウンドである黒字化達成だけでなく、将来成長の種(新規事業、新規顧客、新規商談など)を2件生み出すことが定められている。自社の状況に合わせて「種」の具体化をして欲しい。 |
Relevant | 成長戦略を実現する上でも、問題事業の改善は重要なテーマであり、自社にとっても能力開発にとっても、非常に付加価値が高い |
Time-bound | 2年以内という期限が設定されている |
人材育成の目標を管理するポイント
人材育成の目標設定と合わせ、目標の進捗管理を行うポイントを整理する。人材育成においてもPDCA進捗管理を徹底することで、より優秀な人材育成の蓋然性が高まる。
マネージャーと育成対象者と目標に対する合意形成を行う
これまで整理してきた通り、人材育成目標は業績評価制度の能力評価と連動させ、目標設定はSMARTを担保しつつ3つの要件(What、Why、Exciting)を満たした指標を設定することを確認した。
この目標設定の過程で、育成対象者と所属部門のマネージャーとの間で、人材育成の目的及び目標について合意形成を行うことが重要である。特に、3つの要件である「何を目標とするか(What)」「なぜその目標とすべきか(Why)」「わくわくする目標か(Exciting)」の検討で意識合わせができるはずである。
マネージャーは、育成対象者の成長を支援する役割を担うため、目標設定が完了した後も、継続的な関与が求められる。
進捗確認を3つのサイクルで行う
人材育成の目標管理のサイクルは、可能であれば週次、月次、半期の3つのサイクルで行うことをお勧めする。週次で進捗管理するのは非常に難易度が高いと思われるが、特に新入社員や若手社員については、週次で行うことが望ましい。
週単位で目標達成に向けて「意図してできるようになったこと」を振り返り、コーチングを実施、またはアドバイスを提供することで、育成対象者は常に客観的に自分自身の課題や成長実感を持つことができる。週次レビューを年間52回運用することで、能力開発のPDCAの癖がつき、その後の自律的な能力開発を加速させることができる。
週次レビューが定着化できれば、月次、半期のレビューはマイルストンや中間目標の達成度を確認しながら、注力すべき領域やアクションを明確にすることに力点をおけば問題ない。
OKR(Objectives and Key Results)に取り組んでいる企業も多くなってきているが、OKR運用の中に人材育成の目標管理を埋め込むことも一考に値する。短い管理サイクルで、振り返りをスピーディーに行うとともに、挑戦的な目標達成に向けて努力する取り組みは、人材育成とも親和性が高い。
業務実践だけではないインプットを提供する
人材育成の基本はOJTであり、日々の業務実践の中で身につけることが非常に多い。一方で、日々の業務実践だけでは身につけることができない、もしくは気づきを提供できないケースも多い。具体的には、参考図書の読解、外部セミナーへの参加、外部研修の受講などのインプットを提供することが必要である。
その際は、担当マネージャー独自の見解ではなく、企業内・組織内の複数のマネージャーが必要と感じるインプットを集約し、最大公約数になる書籍やセミナーや研修を提供することをお勧めする。実際にマネージャー間で提供すべき必要なインプットを討議してみると、共通項が出てくる。ぜひ実践してみて欲しい。
まとめ
人材育成目標設定方法について整理してきた。人材育成は、どの業界・産業においても非常に重要な経営課題となりつつある。優秀な人材の採用、育成、定着化の仕組みを構築できた企業は、今後持続的な競争優位性を構築することができるであろう。
また、就業者が企業を選ぶ基準としても「人材育成の仕組みや制度の充実」は重要になってくると思われる。人材の流動化が加速する労働市場において、人材育成は非常に難しくなってきているが、魅力的な人事制度を構成する一つの要素として、人材育成の目標設定方法を考え、効果的に運用して欲しい。