人材育成計画とは
人材育成計画とは、企業の成長戦略を実現するための戦略実行基盤(Enabler:イネーブラー)として人材を捉え、成長戦略に対応するかたちで、必要な人材を定義し、いつまでに、何人、どのように育成するかを定めた計画書である。
人材育成は競争優位の源泉
重要な経営資源として「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」が良く挙げられるが、特に「ヒト」は数値化することが難しく、有効活用するための仕組みやノウハウが必要になる。人材資源の見える化と適切な管理は、最も難易度が高いマネジメント領域と言える。したがって、人材を有効活用しマネジメントできた企業は、競合他社と競争優位を構築することができる。
人材育成計画が重要な理由
売り手市場の労働市場
どの産業においても、優秀な人材の確保が必要となっており、且つ少子高齢化を背景とした人材不足が顕著になってきている。従来の転職市場が活性化していない事業環境においては、人材は選別採用され、年功序列型のキャリア形成が行われていた。企業側が強い買い手市場であった。
昨今は、日本においても転職市場が拡大し、人材の流動化が進んでいる。大企業への就職だけでなく、スタートアップを含めたさまざまなキャリア形成の機会が存在する。応募者側が強い売り手市場になってきている。
優秀な人材の採用だけでなく、人材の定着を促進し、ビジョンや成長戦略の実現をともに目指す人材育成が何よりも重要な要素となってきている。応募者にとって魅力的な人材育成環境と成長機会を提供できる企業の注目度は、今後ますます高まるだろう。
人材育成が苦手な日本企業
長い間、年功序列型の人事制度を採用してきた日本企業は、計画的に人材育成を行うことが苦手である傾向が強い。日本企業では、長期雇用で人事ローテーションにより、OJTを中心とした時間をかけた人材育成が行わることが多い。
一方、米国では職務採用が中心であり、職務内容記述書(ジョブディスクリプション)が明確に定義される。職務に必要なスキルや経験が定義されているため、キャリアパスが明確になる特徴がある。また、イネーブルメントを重要視する米国では、目指すべき経営成果を起点として、トレーニングやコーチング、人材育成ツールやナレッジを一気通貫で提供し、成果起点の人材育成を統合的に支援する部門が存在する。
労働市場が変化する中、日本企業においてもイネーブルメント部門が重要視されることになるだろう。人材育成の方法論を学び、より有効な人材育成計画とPDCAの仕組みづくりを実現した企業の競争優位は高まることになる。
人材育成計画の基本ステップと作成方法
人材育成計画は、企業のビジョンや成長戦略との関連性が強い。したがって、中長期的な視点を持って作成することが肝要である。
人材育成計画は大きく4つのステップで作成する。
ステップ1:人材ポートフォリオを作成する
ステップ2:階層別人材育成計画を作成する
ステップ3:人材育成プログラムを開発する
ステップ4:人材育成プログラムを実行計画に落とし込む
ステップ1:人材ポートフォリオを作成する
人材ポートフォリオとは、経営戦略の実行に必要な人材構成のことであり、単なる人材分析の手法や配置図のことではない。市場認識を行い、どのような戦い方をするか描いた上で、必要な人材要件(職種、スキル・経験)と人数と組織体制を構想する必要がある。この3つの項目を具体的に整理したものが人材ポートフォリオとなる。
人材ポートフォリオの作成手順は、まずビジョン・成長戦略・事業計画を具体化し、次に計画実現のために必要な人材要件を整理し、人材要件に基づいた現状評価と将来ギャップを可視化する。最後に、将来ギャップ解消策を策定し実践に落とし込む。最後の将来ギャップ解消策の一つとして、人材育成計画が位置づくわけである。詳細は「人材ポートフォリオとは」を参照頂きたい。
ステップ2:階層別人材育成計画を作成する
人材ポートフォリオが明確になると、職務と職位の階層ごとに求められる必要な知識やスキルが明確になる。階層別人材育成は、育成の狙いと研修・トレーニングの目的がより実務的かつ明確になるため、非常に有効である。
また、階層別人材育成計画は、企業にとってのキャリアパスになる。各階層に求められる人事要件と必要な育成プログラムが明確になると、企業内でのキャリア形成のイメージがつきやすいため、どの階層の社員においてもモチベーションを高めることができる。
新入社員の人材育成計画のポイント
新入社員(入社1年目)に対しては、大きく2つの育成要件が考えられる。一つ目は、基本的ビジネス知識とスキルを獲得することであり、二つ目は、仕事に臨む姿勢や考え方を理解することである。想定される職位は、一般社員である。
新入社員の1年間で学ぶべきことは、社会人としての基本動作とビジネスパーソンとしての土台づくりを行うことである。その土台の上に、必要となる幅広い多数の知識やスキルを積み上げることができる。基本動作とビジネスパーソンの土台を限られた期間で習得するには、目的意識を持ち、学ぶ理由と実践すべきことの本質理解が不可欠になる。各企業独自のMVV(ミッション、ビジョン、バリュー)を浸透させる機会でもあり、育成計画そのものの意味づけが非常に重要である。
若手社員の人材育成のポイント
若手社員(入社5-7年目まで)に対しても、大きく2つの育成要件が考えられる。一つ目は、自らの役割を果たせる人材になること、二つ目は、正しい知識やスキルを体系的かつ網羅的に習得し、日々の業務で反復実践を通じて経験を蓄積し成長することである。想定される職位は、一般社員、主任である。
若手社員の期間は、今後の成長に必要な基礎を築く大切な期間である。企業や市場から求められる人材像に対して、自分自身ができないことを認識し、克服していくことが必要な期間である。自立して業務が行える能力が身につくと、チームの中で一定の役割と責任を任せられる。任された業務と役割を実践することで、更に成長するという好循環のループを生み出すことが必要である。
中堅社員の人材育成のポイント
中堅社員(入社5-7年目以降)に対しては、大きく3つの育成要件が考えられる。一つ目は、所属する企業のビジネスや業務で成果を生み出すために自ら考え行動できること、二つ目は、自分自身だけでなくチームの成果創出(若手育成を含め)に貢献する意識と経験を積むこと、三つ目は、リーダーやマネージャー候補として判断業務を経験し、非定型業務において成果を出せることである。想定される職位は、主任、係長、課長である。
中堅社員の期間は、自分自身の能力開発を最大化するとともに、次代リーダーやマネージャー候補としての組織貢献ができる能力を身につける重要な期間である。業務範囲の広さ、業務量の多さ、業務内容の深さを意識した育成が必要であり、組織業績として損益責任を果たすための経験を積むことが求められる。
管理職の人材育成のポイント
管理職(チームリーダー、マネージャー、部長クラス)に対しては、大きく2つの育成要件が考えられる。一つ目は、部門業績を持続的に出し続けるためのマネジメント業務ができること、二つ目は、部下の人材育成と活躍できる環境を整備することである。想定される職位は、次長、部長である。
管理職は直接部門と間接部門では、求められる役割と責任は異なる。部門業績とは、主に損益責任を果たし持続的に利益ある成長を実現することである。損益責任がない部門であれば、経費予算に対する社内支援サービスや業務効率化の達成が求められる。
また、新入社員、若手社員、中堅社員のそれぞれのキャリア形成とパフォーマンス向上に向けた指導や活躍できる職場環境を整備することは、管理職の役割として非常に重要である。管理職というとその名の通り「マネジメント」に主眼が置かれるが、パフォーマンスを最大化する業務基盤や職場環境の整備も人材育成とリテンション向上において不可欠な要素である。
経営幹部の人材育成のポイント
経営幹部(事業責任者、執行役員クラス)に対しては、大きく2つの育成要件が考えられる。一つ目は、事業全体や部門横断で業務及びマネジメントを最適化すること、二つ目は、限られた経営資源(ヒト、モノ、カネ、情報)の最適配分を検討し実行できることである。想定される職位は、事業部長、執行役員、取締役である。
経営幹部は、他の階層とは異なり、任された事業や領域についてマネジメント能力だけでなくリーダーシップの発揮が求められる。会社業績や事業全体の業績への責任を持ち、優先課題を定義し、課題解決に向けた能動的な取組みが必要になる。
合わせて組織全体に対する資源配分を適切に行うことが求められる。ヒトについては人材配置と人材投資、モノについては設備投資と職場環境改善投資、カネについては経費予算や将来の成長投資(M&Aや新規事業開発)、情報についてはデジタル化投資などが該当する。そのために、現状実態を正確に評価し、あるべき姿を描き、資源配分の判断ができるような組織能力を強化していくことが重要である。
ステップ3:人材育成プログラムを開発する
人材育成プログラム開発のフレームワークを示し、具体的なプログラムイメージを整理する。
人材育成開発のフレームワークは、コアスキルと実践スキルの2つのカテゴリで能力開発プログラムを組み立てることをお勧めする。コアスキルは4つに分解され、具体的には基本スキル、補完スキル、マネジメント、リーダーシップである。実践スキルは2つに分解され、各企業が身を置く業界・産業領域特有のスキルと、各人が担当する業務課題テーマ特有のスキルである。
基本スキルとは、ビジネスを行うための基礎的能力のことであり、分析力、論理的思考力、課題解決力などが該当する。補完スキルとは、基本スキルを補完する能力のことであり、議事録作成、会議設計、インタビュー能力などである。
経験を積むに従い、マネジメント能力とリーダーシップが求められるようになり、より経営成果創出に必要なハイレベルな能力開発が必要となる。また、実践スキルは、業界・産業別に必要となる経験を含む実務能力であり、業務領域よっても求められるスキルは変わる。例えば、製造業とサービス業では必要な実践能力は異なり、業務課題テーマでもマーケティング、新商品開発、製造、顧客サービスなどの業務機能によって異なる。
この人材育成プログラム開発のフレームワークと役職に応じて必要なスキルを体系化したカッツ理論を活用し、階層別の人材育成プログラムを具体化していくと、独自の有効なプログラムをつくることができる。
ステップ4:人材育成プログラムを実行計画に落とし込む
階層別の人材育成プログラム開発の目途が立ったら、実行計画に落とし込むことが重要である。人材要件は成長戦略や事業環境の変化によって変わるため、人材育成プログラムや実行計画も常にブラッシュアップする意識を持つことが必要である。
実行計画は、年度計画、3か年計画、長期計画の3段階で作成することをお勧めする。長期計画は目指すべき人材ポートフォリオを鑑として作成する長期人材育成計画であり、そこから逆算して、3か年計画や年度計画に落とし込むことになる。
特に、人材育成計画を年度単位でしか作成していない企業、もしくは毎年同じプログラムや育成計画を繰り返し運用している企業は、改めて自社の人材育成の取組み成果や受講者評価を行いレビューすることから始める必要がある。
人材育成計画の作成に必要なスキル
これまで見てきたように、人材育成計画の作成は、今後、企業成長を支える戦略実行基盤(イネーブラー)として非常に重要な取組みであり、競争優位の源泉になり得る。したがって、有効な人材育成計画を作成するためのスキルも求められる。
有効な人材育成計画を作成するために求められるスキルは大きく4つある。具体的には、分析力、計画力、プログラム開発力、コミュニケーション力の4つであり、人材開発部門、HR(Human Resource)部門、人事部門の担当者が想定される。
分析力
現状実態を把握し、課題がどこにあるのかを洗い出し、評価した上で、適切な方針と具体的な方向性を導出する能力が求められる。また、事実認識においては、社内の関係者へのインタビューが求められる。インタビュー対象者から生の声を話してもらうために、適切な質問を行い、事実情報と人材育成計画やプログラム開発に必要は要件を抽出することが必要となる。
収集した事実情報をもとに、人材育成計画やプログラムへ反映することが必要であり、現状の問題と課題を構造化し、必要な示唆を出すことが求められる。事実認識だけでは、次の計画や開発のステップに進むことができない。
プログラム開発力
現状評価及び必要な要件を整理できたら、人材育成プログラムを具体化することが求められる。前述の通り、人材育成プログラム開発のフレームワークなどを活用し、階層別の人材育成プログラムをつくるが、新しいプログラムを生み出すスキルは、分析スキルや計画スキルとは異なり、創造性と粘り強さが必要になる。
So What思考とHow思考を組み合わせて、より良い実行施策としての人材育成プログラムを検討する。
計画力
課題解決のための施策として人材育成プログラムを具体化し、実行計画に落とし込むことが必要になる。計画に必要な要素は、大きく8つある。具体的には①目的とゴール、②対象範囲、③実施事項(プログラム)、④実施費用、⑤実施スケジュール、⑥推進体制、⑦リスク評価と対応策、⑧KPI(成果指標とモニタリング指標)の8つである。
コミュニケーション力
人材育成対象である社員がいる。また、人材を管理しているマネージャーや部門長がいる。こうした社内のステークホルダーとの関係づくりやニーズ把握は、人材育成担当の重要業務である。したがって、対話力、コミュニケーション力は非常に求められる。求められるコミュニケーション力は双方向であり、質問力や聞き取る力だけでなく、相手を動機づける力も必要となる。
階層別人材育成の目標設定方法
階層別の人材育成プログラムを計画し、展開する際に必要になるのが目標設定である。ここで注意が必要なポイントは、目的と目標の違いを意識することである。
目的と目標の違い
目的とは、文字通り「目指す的」であり、ビジネスにおける定義は「最終的に成し遂げようとすることや到達点」である。一方、目標はゴールのことであり、定義は「目的が達成された状態・水準」のことである。したがって、目標設定には、目的が必要になり、且つその達成水準を数値化することが肝要である。
2つの目標設定手法
目標設定には2つのアプローチと1つの留意点がある。
一つ目は、改善型目標設定であり、ある一定の水準や既に決められたガイドラインまで改善幅を目標とする考え方である。新入社員や若手社員の目標設定に活用される。例えば、「現在はできない標準の提案書を1日で作成できるようになり、月間を通じて自力で4本作成する」などである。
二つ目は、目指す姿逆算型目標設定であり、現状からの成り行きではなく、目指す姿を描き、そこから逆算して目標設定を行う考え方である。目指す姿は企業を取り巻く事業環境や成長戦略によって変わるため、常に経営戦略と一体運用が必要になる。中堅社員や管理職や経営幹部の目標設定に活用される。
また、いずれの目標設定手法に共通の留意点は、段階的な目標設定として中間目標を設定することである。目標に至るまでの中間目標を設定し、着実に成長している実感を体感することはモチベーション向上につながる。結果指標だけでなく、プロセス指標も活用し、段階的な目標設定を心がけると人材育成計画はより良いものになる。
人材育成計画書のテンプレート例
最後に、人材育成計画書の参考テンプレートを紹介する。雛形として参考にして欲しい。前述の通り、計画に必要は8要素(①目的とゴール、②対象範囲、③実施事項(プログラム)、④実施費用、⑤実施スケジュール、⑥推進体制、⑦リスク評価と対応策、⑧KPI(成果指標とモニタリング指標)を盛り込み、各社各様の工夫をしてみて欲しい。
人材育成計画書の構成
- 人材育成の対象者と指導者を設定する
- 進捗管理として、計画承認日、中間面談日、通期評価実施日を設定し運用する
- 資格取得計画がある場合は記載する
- 人材育成対象範囲として、求められるスキル要件をカテゴリ別に具体的に記載する
- 人材育成の狙いと目標を設定する(通年目標の前提として、中長期目標も設定する)
- 人材育成プログラム等の実施事項を整理する
- スケジュールに実施事項をまとめ、通年を通じた取組み計画に落とし込む
- 達成度評価として、目標に対する実績を記載し、取組み成果とそのエビデンスもまとめる
人事育成計画書のテンプレート例