ガバナンスとコンプライアンスの違い
ガバナンス(Governance)とコンプライアンス(Compliance)という言葉は、意味合いが混同されることが多いが、改めてその違いを整理する
ガバナンスとコンプライアンスの定義
コンプライアンスとは、法令・企業倫理・企業規則を遵守することである一方、ガバナンスとは、法令や企業規則を遵守させるための管理体制と仕組みを構築することを示す。つまり、ガバナンスが利いた管理体制や仕組みによって、コンプライアンスを遵守することができるという関係である。
企業はガバナンスによって、健全な企業経営を行い、不正行為を防止し、適切な経営管理と監督を行う体制・仕組みの構築を図る。具体的には、内部統制やリスクマネジメントを行う部門を設置し、役割や指揮命令系統が適切に運用されているかを監督する仕組みなどが挙げられる。
コーポレートガバナンスコード(CGコード)とは
コーポレートガバナンスコードとは、上場企業が構築すべきガバナンスの仕組みにおいて、ガイドラインとして参照すべき原則・指針のことである。この原則・指針が適切に実践することで、企業の持続的な成長と企業価値向上のために自律的な行動が行われる。結果、投資家である株主価値の向上につながることが期待される。
具体的には、5つの基本原則が示されている。
1.株主の権利・平等性の確保
2.株主以外のステークホルダーとの適切な協働
3.適切な情報開示と透明性の確保
4.取締役会等の責務
5.株主との対話で
この基本原則は、31原則と47補充原則に分解され整理されている。また、2021年、より高度なガバナンスを企業に構築してもらうために、コーポレートガバナンスコードが改訂された。持続的な成長に大きな影響を与える人的資本に関する情報開示に関する項目が追加された。
ガバナンスが重要視される背景
企業において、特に上場企業において、ガバナンスが重要視されるようになったきっかけは、2000年代に企業の不祥事が相次いで起き、株主や生活者を含むステークホルダー価値が毀損されたことである。
投資家やステークホルダーが企業の経営状況を把握するための財務会計に虚偽の報告が行われたり、食品メーカーの産地偽装問題や自動車メーカーのリコール隠蔽が行われたり、多くの企業不祥事が発生した。
こうした企業の不祥事は、経営者の資質や能力はもちろん、取締役や社員も含め、企業組織内の適切な業務プロセスと管理監督体制が脆弱であることに起因することも多い。
ガバナンスの強化は、ステークホルダー価値向上を目指した管理体制と仕組みづくりであり、企業規模が拡大すればするほど重要な業務基盤であると言える。
ガバナンスを強化するメリット
ガバナンスとは健全な経営を目指し、組織内の不正行為の防止や適切な経営管理・監督を行う仕組みを構築することであるため、企業がガバナンス強化に取り組むメリットは大きい。
企業リスクの軽減
企業組織内部の適切な業務プロセスと管理体制を整備することで、企業リスクを最小化することができる。企業リスクには、組織外部要因と組織内部要因の2つが考えられる。
組織外部のリスク要因は、市場・社会の変化、法規制の変化、自然災害が挙げられる。こうしたリスク対応の要諦は、日々のビジネスにおいて常に感度の高いアンテナを張り、変化の予兆を察知することである。また、自然災害が起きたことを想定したBCP(事業継続計画)の構築とアップデートが求められる。
組織内部のリスク要因は、戦略リスク、財務リスク、オペレーショナルリスク、コンプライアンスリスクの4つの観点で洗い出し、評価を行い、対応策を検討することが求められる。ガバナンス強化は、まさにこの内部要因のリスク軽減に効果的である。
労働環境の改善
適切な業務プロセスと経営管理・監督の体制と仕組みを構築することで、従業員の業務範囲や責任範囲が明確になる。単純な業務規程の作成にとどまらず、業務プロセスと情報システムの再構築を行うことで、効率的なオペレーション基盤を整備することができる。
ガバナンス強化の取り組みによって、社内業務のムダが削減され、より効率的な業務運営が可能な労働環境が整備されれば、従業員が働きやすくなる。結果、貴重な人財の定着率の向上にもつながる。
収益力と競争力の向上
ガバナンス強化は、企業にとって本来業務ではなく、負担の多い取り組みと認識されることも多い。しかし、事業成長を支える業務基盤と仕組みづくりと考え、競争力を高める本質的な取組として推進することが重要である。
経営実態の見える化を行い、効率的な業務プロセスと適切な管理体制を構築することで、マネジメント基盤が構築される。不正の防止という衛生要因として捉えるのではなく、動機づけ要因として捉え、競争優位づくりを推進することが求められる。
また、ガバナンス強化の取り組みを通じて、マネジメント人材も育成することができる。成長戦略の実現基盤として経営変革を推進し、成長戦略を支える業務プロセス、組織・人材、マネジメントをイネーブラー(Enabler)として構築することが必要である。
成長戦略のイネーブラーとしてガバナンスを捉えて仕組みづくりを行うことで、収益力と競争力の向上を図ることができる。
ガバナンス強化の取り組み手順
ガバナンス強化の取り組みを経営変革の一環と捉え、5つのステップで仕組みづくりを行うことをお勧めする。
ステップ1:ガバナンス体制の現状実態把握と評価
ガバナンス体制を5つの観点から現状実態と評価を行い、優先課題を整理する。5つの観点とは、業務プロセス、組織体制、人材とスキル、マネジメント、情報システムである。
業務プロセスは、会計につながる基幹業務プロセスを中心に実態把握を行う。各業務機能について、不正を含むリスク要因を洗い出し、現状実態を評価する。
具体的な業務機能は、販売管理、債権管理、購買管理、在庫管理、債務管理、生産管理、財務・会計管理、経費管理がある。更に、これらの業務で発生する申請と承認を管理する稟議・承認プロセスも評価することが必要である。
ステップ2:課題の整理と優先順位づけ
各業務プロセスから抽出された課題を整理し、リスク評価を行う。リスク評価は、事業への影響度と発生頻度の2軸で評価を行う。4象限で、リスク回避方法、リスク低減・予防方法、リスク移転方法、リスクの適切な保有方法を検討する。
複数の業務プロセスを対象とするため、共通の基準でレイティングを行い、数値化することで相対評価を行うことが可能である。また、1度限りの評価ではなく、継続的に取り組むことで、改善策の改善効果や進捗度合いを把握することができるので、レイティングは有効である。
ステップ3:改善策の体系化と実行計画の作成
優先課題の改善策を立案し、推進担当の配置と改善策の実行計画を作成する。実行計画は、基本的に1年間で構築するスケジュールを引くことをお勧めする。1年以上の構築計画では、スピード感と期待効果の早期獲得の観点からお勧めできない。
改善施策の体系化では、各業務プロセスで行うとともに、所管部署を推進担当部門に設定し、日々のビジネスの中で改善策が実行できるよう取り組むことが重要である。
また、実行計画ではKPIも設定し、ガバナンス施策の進捗状況を可視化する仕組みも整備することが必要である。例えば、販売管理におけるKPIとしては、「見積承認有無」「値引き率と金額」「売上見込と売上計上の差異件数・金額」「納期順守率」などが考えられる。
ステップ4:改善策の実行
改善施策は、プロジェクトを立ち上げて推進することをお勧めする。各業務プロセスの所管部署が推進することになるが、PMO(Project Management Office:プロジェクト推進事務局)が全体管理を行う。
各改善策が適切に推進されているかをモニタリングし、週次で進捗状況を評価し、改善することが重要である。月次管理では実行計画が遅延することが多いため、週単位で進捗を管理することが望まれる。
ステップ5:改善効果の確認と定着推進
改善効果は、現状実態を把握し評価を行った状態が、どの程度改善されたかを確認する。業績管理とは異なり、数値的な効果より、業務品質の持続性の評価や仕組みの継続性を重点的に確認することが重要である。
また、仕組みの定着化を推進するために、日々のビジネスにおいてモニタリングできる体制を整備する必要がある。改善施策の中で、情報システムの改善を行っている場合は、進捗状況を共有する仕組みや改善遅延アラートが通知できる手法などが実装することが望まれる。
定着促進を進めるために、教育プログラムの開発と展開も有効である。教育対象は全社員とすることも可能であるが、次世代リーダーシップを対象として、能動的な意見や取り組みを促進することも考えられる。
企業価値向上に向けて
上場企業だけでなく、中堅中小企業においても、ガバナンス強化を動機づけ要因として捉え、成長戦略の実行基盤づくりとして取り組むことで、企業価値向上につながる。
企業価値向上の源泉は、組織能力(Capability)と戦略実行を支える基盤、すなわちイネーブラー(Enabler)であり、両者を強化する取り組みとしてガバナンスの仕組みづくりを推進することが肝要である。