ゲーム理論とは
ゲーム理論とは、ビジネスにおける登場人物をプレーヤーとみなし、お互いに与える影響を考慮しながら意思決定を行う理論である。ビジネス現場では、自社・自分の行動によってどのような利益が生まれるのか、どのようにリスクをコントロールできるのかを検討して行動する。ゲーム理論の考え方を有効活用することで、ビジネスを優位に進める可能性が高まる。
ビジネスに応用できるゲーム理論の代表例を2つ紹介する。
1.囚人のジレンマ
囚人のジレンマとは、複数の合理的なプレーヤーの利得が、各々の戦略の相互依存関係によって定まるという定理である。代表的な事例として、ある犯罪に関与した2人の囚人が、別々の部屋で尋問されているときの、各々の囚人がどのような戦略を取るかというケースである。
ゲームの設定は以下の通りである。
- 2人の囚人は逮捕され、刑務所に拘留
- 2人は、お互い別の独房に入れられ、情報共有することができない
- 警察は、ともに2年の懲役に処する意向をもっている
- 同時に、警察はお互いに取引を持ちかける。自白したら釈放、但し相手は懲役10年になる
- また、両方自白したら懲役5年になる
囚人AとBは共に情報共有ができない状況のため、このゲームを利得表に沿って整理すると、囚人Aが取るべき戦略は、Bの戦略に寄らず、「自白」する方が利得を得られる。また囚人Bが取るべき戦略も、Aの戦略に寄らず「自白」する方が利得を得られる。
このように合理的な選択をした結果、全てのプレーヤーにとって、他の戦略に対して最適な反応である場合の組み合わせをナッシュ均衡(Nash equilibrium)と呼ぶ。逆に、ナッシュ均衡のもとで誰か一人だけが現在の戦略を変更すると、その人の利得は低下することになる。
ゲーム理論では、他の戦略よりも大きな利得を得られる時、選択した戦略は他の戦略を「支配する(dominant)」と言う。ナッシュ均衡とは、支配戦略の均衡とも言える。
しかし、利得表を俯瞰してみると、囚人Aと囚人Bの両方が「黙秘」した組合せの方が利得を得られている。戦略の組み合わせの中で、最もプレーヤーの利得が良い戦略の組み合わせをパレート最適(Pareto optimal)と言う。全体の利得が最大化されている状態のことである。
パレート最適な組み合わせである囚人Aと囚人Bの両方が黙秘している状態から、囚人Aの利得を更に改善するには囚人Bの利得を下げる必要がある。同じように、パレート最適な組み合わせから囚人Bの利得を更に改善するには囚人Aの利得を下げる必要がある。このように誰からの利得を改善するために、その他の誰かの利得を低下させる必要がある状態をパレート最適と呼ぶ。
まとめると、パレート最適は全体の利得が最大化されている状態、個別のプレーヤーにとっては利得が異なるものの、全体では最適化されている状態の組み合わせである。一方、ナッシュ均衡は、他社の利得は考えず、各々の利得が最大化する戦略を取った状態を示す。各々の合理的な利得であるナッシュ均衡と、全体の利得の最大化のパレート最適が一致せず矛盾しているため、囚人のジレンマと言われる。
2.チキンゲーム
囚人のジレンマと比較されるゲーム理論が、チキンレースである。囚人のジレンマのナッシュ均衡では、相手の行動に関係なく各々個人が最適行動をとるが、チキンゲームでの最適行動は、相手の行動に依存する特徴がある。
チキンゲームとは、別々の車に乗った2人のプレーヤーが、互いの車に向けて一直線に走り、衝突を避けて先にハンドルを切ったプレーヤーが「チキン(臆病者)」と言われ屈辱を味わい、負けるとされるゲームのことである。ゲーム理論におけるチキンゲームは、交渉の基本原理と言える。
衝突回避という屈辱=ハンドルを切ることは、衝突に比べれば、損は小さいため、衝突を回避する行動が合理的であると言える。但し、相手が衝突回避する行動しかとらないプレーヤーの場合は、必ずしも回避する必要はない(つまり、相手の行動に依存する)。
ビジネスにおけるゲーム理論の重要性
ビジネスの現場では、ゲーム理論のように全てが数学的に最適解を出すことは難しい。但し、市場競争における経営・事業運営には非常に参考になる考え方である。
ゲーム理論では、自社の戦略だけでなく、競合他社の戦略方向性や想定される行動に着眼点を置く。競合他社の戦略に対応して、起こりうるリスク、起こりうる事態、起こりうる顧客行動と変化を考え、戦略を考えることは、競争優位の戦略立案そのものである。
一方で、一つの企業だけの戦略だけでなく、産業全体の戦略にもゲーム理論は応用できる。日本の電機産業やリチウムイオン電池産業は、今や中国や韓国などのアジア勢に市場占有率を奪われ、競争力を失っている。日本のセットメーカーは、それぞれのブランドを開発し、競争を行った結果、日本企業同士の過当競争を推し進めた。競合対象をアジア勢と設定し、国内協働体制で競争を行う戦略は選択できなかった。
こうした歴史は、GAFAMが市場占有率を寡占化する世界のテクノロジー産業でも起きている。注目すべきポイントは、競合他社をどこに設定するかである。すなわち、顧客を誰と設定するかに行きつく。戦略の基本は、誰を顧客と定義し、競合他社を誰と認識し、差別化するである。ゲーム理論もその一翼を担う考え方であり、チキンゲームにおける消耗戦が起きないよう、合理的な戦略を展開する必要がある。
ゲーム理論の実例
最後に、中堅・中小企業にも参考になるゲーム理論が応用事例を考えてみたい。
1. 企業間の価格競争
市場には、ほぼ同品質、同機能を搭載した製品を販売している2社の企業が存在する。販売価格は両者ともに同等水準、製造・販売コストも同等と仮定する。両社は、お互いに価格を下げ、値引き競争を繰り返す、共に採算割れに近づく価格で販売することになる。結果、両社ともに収益性は悪化する。
こうした価格競争は、日本の多くの市場で見受けられる。パソコン、テレビ、コンパクトデジタルカメラ、スマートフォン、スーパーマーケット、清涼飲料、日配品など、多くの市場で価格競争や値引き競争を繰り返した結果、市場の収益性が低下している。
2. 企業間提携・パートナリング
ある企業同士が資本業務提携を検討している場合、両社の有益な社内情報や経営資源を共有して協力することで、利益が得られる可能性がある。それぞれの企業が自社の利益の最大化だけを考え交渉を進めると、囚人のジレンマが起きることも考えられる(提携しない戦略オプション)。
お互いの狙い、戦略方向性、実現したいことを伝えるとともに、共通の目標を設定できた場合、パレート最適な状態を構築することができる。結果、市場競争を優位に進めることができ、持続的な競争優位を構築できる。
地域企業の中でM&Aによる成長を実現している注目企業として、福井県の前田工繊グループがある。当社の2000年以降のM&A実績を確認する。
前田工繊グループのM&A実績(2000年以降)
出所:前田工繊グループHPより
前田工繊は独自のM&Aのポリシーを確立してきた。その中核は、M&Aの対象先は「モノづくりを行っている地方の企業」に限ること。地方の製造業の課題は、資金力が乏しく技術力を高められない、顧客拡大ノウハウや人的余裕がない、特定製品への依存度が高く受注に波がある、生産の平準化が難しいなどがある。
こうした課題解決のために、M&Aした後に「顧客」を混ぜることで売上増加につながる。不足している「技術」や需要に波がある「人材」、生産の平準化のために「製造工程」を混ぜることで、M&Aによる大きな成長に繋げてきた。