中期経営計画とは
中期経営計画とは、企業が目指す姿(理想像・未来像・将来展望)の実現に向けた3-5年の経営計画と定義することができる。実は、中期経営計画の策定は任意であり、定義も曖昧であるため、計画策定プロセスや盛り込む内容についての決まりがない。特に、非上場企業や地域中堅中小企業にとっては、中期経営計画策定の意義やメリットが見えないと考える経営者も多いかもしれない。
結論から述べると、中期経営計画を活かせるかどうかは、策定する企業の意識・考え方・行動力によって変わる。DXやSDGsに関する取り組みなどと同様に、どのように課題認識をし、何を目指し、具体的な行動を起こすかは千差万別である。
中期経営計画を策定し着実に実行した結果、事業成長を実現し、組織活性化に成功した中堅中小企業も多く存在する。経営者のリーダーシップは前提として、その成功要因と失敗要因は、それぞれ大きく3つある。
中期経営計画の成功要因
- 組織能力の強化と成長基盤づくりの取り組みとして考えること
- 中期経営計画策定を通じて、現状の課題認識や新しい市場情報を評価し、将来成長に向けて強化すべき組織能力を洗い出し、具体的な重点施策を計画に落とし込む。
- 戦略・重点施策の実行を支援する成長基盤(業務プロセス、マネジメント、組織体制・人材スキル、情報システム)を定義し、仕組みの構築を行う。
- 結果、計画策定に関与した次世代リーダーが成長し、能動的な取り組みを自ら行動を起こす。
- 共通言語として活用すること
- 経営者や経営陣のビジョンや方向性と現業部門との認識がずれていることが散見される。経営と執行の共通言語として利用することで、求心力を高めることができる。
- ビジョン、中期経営計画、年度事業計画を連携させることで、効率的な事業運営を実現することができる。結果、無駄な会議や設備投資を削減することもできる。
- 集中して行うこと
- 策定期間として3-4か月間を目途に、プロジェクトを組成した上で、集中して中期経営計画を策定することが重要である。策定期間が長いと、計画の前提が変化し、重点施策がまとまらないことが多い。計画を実行していく中で、柔軟に取組み内容を見直すことは問題ない。
- 新しい事業年度開始の6カ月前(下期)に計画策定プロジェクトを立上げ、予算編成とも連動させることで、スムーズな計画実践へ移行できる。
中期経営計画の失敗要因
- 市場分析や将来予測で終わること
- 中期経営計画を策定する中で、市場分析やメガトレンドを踏まえた将来予測などを行うが、調査や情報収集に時間がかかり、市場トレンドの整理や先進事例まとめに留まってしまうことが多い。
- また、市場トレンドや他社事例と同じ取組みを重点施策として計画に盛り込むケースもあり、自社でやるべき意義と狙いが不明確な場合が多い。
- 従来の延長線上で計画を策定すること
- 過去の実績数値や取組みをもとにした将来計画を策定することも多い。もちろん過去の振り返りは必要だが、単なる従来の延長線上の計画では、従業員の行動変容を促進することはできない。
- 顧客の変化、競合他社の変化、取引先の変化、代替品やサービスの動向など、既存事業を取り巻く事業環境を評価することで、取り組むべき課題と変革ポイントを抽出することが重要である。
- 計画止まりで実践が伴わないこと
- 中期経営計画の策定で力が尽き、重点施策の実践が伴わない原因は大きく3つある。
- 中期経営計画の重点施策と日々の業務が乖離している
- 重点施策の列挙や内容の整理でとどまっており、実行主体と活動スケジュールが具体的になっていない
- 重点施策の進捗管理・モニタリングを行う体制が構築できていない
- こうした「計画止まり」の中期経営計画にならないよう、パイロット展開による成功体験の獲得など、意識・行動変容に繋がる仕掛けを盛り込むことが重要となる。
- 中期経営計画の策定で力が尽き、重点施策の実践が伴わない原因は大きく3つある。
中期経営計画を作るメリット
中堅中小企業が中期経営計画を策定するメリットは、以下の通り、大きく5つにまとめられる。
- 将来課題を可視化できること
中期経営計画には、企業の現状分析やリスク評価が含まれる。これにより、潜在的な課題を棚卸し、対応施策を具体化することができる。ビジョンからバックキャスティングで現状実態を評価することで、現状見えている課題だけでなく、将来課題を早期に認識し、社内で共有することができる。
- 成長戦略の方向性が明確になること
中期経営計画は、ビジョンの実現と数値目標達成に向けた具体的な道筋を提供することになる。経営陣と従業員の共通言語として、計画に基づいた課題解決策や市場機会獲得施策などを総力戦で実践することができる。結果、組織全体が同じ方向に向かって進むことができる。
- 限られた経営資源を最適化できること
計画策定のプロセスの中で、最も重要であると言っても過言ではない経営資源の配分について明確化できる。ヒト、モノ、カネ、情報、技術など限られた経営資源について、中長期視点に立った予算と投資計画を具体的化することができる。
- 効果的なステークホルダーへのコミュニケーションができること
中期経営計画書は、経営陣がステークホルダー(株主、従業員、顧客、取引先など)に企業の成長戦略と重点施策を説明するための強力なツールになる。日々の資金調達で関係構築が必要な金融機関に対しても、計画書をもとに適切なコミュニケーションを行うことが可能になる。
- 次世代リーダーの育成ができる
中期経営計画策定プロジェクトを通じて、将来の事業成長を担う次世代リーダーを育成することができる。ビジョンの具体化、経営課題の定義、事業環境分析、重点施策の検討とビジネスケース作成、実行計画と進捗管理のなど、経営人材として実践型教育プログラムとして活用することができる。
中期経営計画をつくる前に準備すべきこと
中堅中小企業における中期経営計画は、経営陣及び経営企画担当で策定する場合とプロジェクトを組成して策定する場合が考えられる。前述の通り、プロジェクト型の場合は、次世代リーダーを育成することできるメリットがある。プロジェクト型での推進を前提に、事前に準備すべきことを整理する。
事前準備すべき10項目
- 成果物イメージの具体化
中期経営計画書の目次、コンテンツ内容を整理する。特に、重点施策とその期待効果を踏まえた数値計画は、帳票も含めてイメージを具体化できると良い。 - タスク洗出し
中期経営計画書の目次、コンテンツ内容を整理する。特に、重点施策とその期待効果を踏まえた数値計画は、帳票も含めてイメージを具体化できると良い。 - プロジェクト推進計画の作成
各タスクの工数と期限を設定し、業務スケジュールに落とす。外部調査や顧客インタビュー等を検討する場合は、日程調整期間も含め計画を具体化する。 - 分析で必要情報の整理
現状分析で必要な情報・データを整理する。業績データ、財務データなど内部情報についてもまとまっていないことも多いため、準備時間を見積ことは重要である。また、外部の市場情報についても、収集先と収集方法が不明確なことが多いため、事前準備が必要となる。 - プロジェクトメンバーの選出・チーム組成
次世代リーダー候補をメンバーとして選定し、プロジェクトを通じて思考力・分析力・社内調整力など研鑽していくことを強くお勧めする。 - 活動予算計画
顧客インタビューのための出張費、外部調査データ購入費、場合によっては集中討議の合宿費など、活動経費予算を計画し、社内承認をとる。 - プロジェクト検討会の日程調整
週1回は検討会を開催し、あらかじめ設定された検討テーマについて討議をする。そのために、何回検討会を開催し、どのような検討成果を出すのか会議設計が必要である。また、討議内容をどう計画書に落とし込むのかも合わせてイメージしておくと効率が良い。 - 進捗報告の日程調整
プロジェクトオーナーは社長になるケースが多い。社長を含め経営陣への進捗共有を行い、適宜アドバイスやフィードバックをもらう仕組みを構築する必要がある。 - プロジェクト運営支援ツールの導入
ビジネスチャットやクラウドストレージなどのプロジェクト運用ツールを導入し、効率的な業務遂行を事前に検討する必要がある。 - プロジェクト名・コードの設定
「中期経営計画策定プロジェクト」ではなく、自社オリジナルのプロジェクト名とプロジェクトコードを検討することをお勧めする。プロジェクト名を言えば、誰でも目的と目指す成果がイメージされるようになると一体感が生まれるだけでなく、コミュニケーションコストが低減する。
中期経営計画をつくる具体的なステップ
中期経営計画策定のステップは、特定のルールはない。ここでは、典型的な計画策定ステップを紹介し、要諦を整理する。具体的には、大きく5つのステップで構成される。
中期経営計画策定の5つのステップ
ステップ1:事業環境分析
- 外部環境分析により、戦う場所を特定する。具体的には①メガトレンド分析、②市場構造分析、③顧客分析、④競合分析を行い、市場機会の特定と魅力度の評価を行う。
- 内部環境分析により、戦い方を検討する。具体的には、①長期業績の振り返り、②組織能力の評価(製造・販売・開発の3機能+マネジメント機能)、③収益力と生産性の評価を行い、市場機会を獲得するための戦い方を検討する。
- 強みの再評価を行い、戦い方に独自性を盛込み、競争優位性の構築方法を検討する。
ステップ2:目指す姿と優先課題の整理
- 事業機会分析を踏まえ、3-5年後の目指す姿を描く。攻略対象市場、ポジショニングと確立すべきブランド価値、事業規模と収益性の全体像を整理する。
- 現状実態と目指す姿のギャップを課題と捉え、解決すべき優先課題を特定する。課題間のつながりと関係性を考慮して、課題を体系化することが重要となる。
ステップ3:戦略の方向性の整理
- 成長戦略をまとめ、ストーリーを描く。具体的には、3-5年の各年度の位置づけを整理し、どのように段階的に発展していくかをまとめる。
- 描いた成長戦略ストーリーを実現するために必要な戦略実行基盤の強化ポイントをまとめる。戦略実行基盤は、①業務プロセス、②マネジメント、③組織体制・人材スキル、④情報システムの4つの領域で整理すると分かりやすい。
- 非連続の成長を目指す場合は、M&A戦略を同時にまとめる必要がある。
- 業績不振で経営再建が必要な場合は、上記の成長戦略ストーリーの代わりに、事業再生ストーリーが必要となる。各年度の位置づけを整理し、どのように段階的に再建していくかをまとめることになる。
ステップ4:重点施策と期待効果の検討
- 最初に重点施策の体系図をまとめることをお勧めする。幹(=骨子)を描くことが重要で、最初から枝(=詳細)を描くと、全体像が分かりづらくなり、重点化が図れない場合がある。
- 重点施策は、狙いと具体的な取組み内容を検討すると同時に、推進者・実施期限・必要投資額・期待効果を整理することが必要である。
ステップ5:活動計画と数値計画
- 成長戦略ストーリーと重点施策の検討結果を組合わせて、活動計画に落とし込む。初年度の活動計画はできる限り具体化し、アクションが起こせるレベルで記載する。次年度以降は、大きなアクション単位で問題なく、初年度の振り返りをした結果、変更されることもあり得る。
- 重点施策で整理した期待効果を踏まえ、損益計画・財務計画・投資計画に落とし込む。重点施策と数値計画を一体化して作成していない中期経営計画は、計画自体の蓋然性が低くなるため、特に株主や金融機関への説明においては重要なポイントとなる。
中期経営計画を実行するために気を付けるべきポイント
中期経営計画書が完成し、社内承認を得られたら、原則的には中期経営計画策定プロジェクトは終了となる。但し、あくまで「策定プロジェクト」が終了したに過ぎず、計画は実行して初めて意味がある。中期経営計画を効果的に実行するためのポイントをまとめる。
中期経営計画の実行で気をつけるべき3つのポイント
- 各部門・事業部門の日々の業務と連動させること
中期経営計画と日々の業務が乖離し、重点施策が実行されないことがある。重点施策を日々の業務に組み込み、業績評価項目にも盛り込むことをお勧めする。そのために、中期経営計画の全社導入において、キックオフイベントを開催し、全社員へ周知徹底することも重要となる。 - 実行主体をラインに落とし現業部門の活動計画として実践すること
重点施策の実行主体はプロジェクトメンバーではなく、実際に事業活動を担っているラインに落とし込むことが重要となる。現業部門や事業部門の責任者のリーダーシップが必要であり、プロジェクト期間中に合意形成を行っておくことが極めて重要となる。 - 進捗管理・モニタリング体制の構築と支援体制づくり
月次で進捗状況を確認し、推進課題の解決に取組むことが重要となる。KPI(重要管理指標)の設定にとどまらず、指標の収集方法やダッシュボード化も検討しておく必要がある。また、課題解決に向けた支援体制を整備することも成功につながるキーポイントとなる。この、支援チームにプロジェクトメンバーである次世代リーダーを配置し、役割を担ってもらうことをお勧めする。
中期経営計画を作るためのフレームワーク
最後に、中期経営計画策定に役立つフレームワークをいくつか紹介する。今回は、事業環境分析に絞って、実務で活用できる有効なフレームワークの要点を解説する。気をつけるべき注意点は、調べた情報をフレームワークの中に落とし込むだけでは意味がないということである。選定したフレームワークによって、何を導出するのか、使う目的とアウトプットイメージを明確にして、活用することが重要である。
3C分析
3C分析の目的は、3つのCである顧客(Customer)・競合(Competitor)・自社(Company)の分析と関係性の整理を通じて、ビジネスの成功要因(KFS:Key Factors For Success)を導き出すことである。具体的な分析方法を紹介する。
- 顧客分析
顧客ニーズと購買行動を明らかにすることで、販売・マーケティングで押さえるべきポイントを明確にすることが狙いである。具体的には、顧客の求めていること、顧客満足の状態、満たされていないことを明らかにする。
また、顧客は通常、複数の商品や企業から営業・マーケティング活動を受けており、自ら評価をした結果、選択し購入するという行動を起こす。顧客がどのような評価をし、商品選択し、購入しているのかをあぶり出すことが必要となる。以下の5つの質問に対する現状実態と答えを考えてみることをお勧めする。
- 顧客は、どのような商品やサービスが欲しいのか?
- 顧客は、現状の商品やサービスにどの程度満足しているのか?
- 顧客にとって、満たされていないニーズは何か?
- 顧客が商品やサービスを購入する際に、重要視する評価ポイントや選択基準は何か?
- 顧客の購買プロセスと顧客接点において、どのような行動をとっているか?
- 顧客分析を補完する市場分析
顧客ニーズと購買行動の分析を踏まえ、市場全体を俯瞰的に捉えた分析も有効である。ここでは3つの分析方法を紹介する。
- 市場規模の推移と市場シェア分析
市場規模を金額ベース、数量ベースで整理する。外部リサーチ会社が調査している場合は、費用はかかるものの参考にすることをお勧めする。また、調査情報がない場合は、自社で推計することになる。フェルミ推定により概算を出した後、営業担当や顧客インタビュー等を通じて補正していく手順で行う。期間は、過去10年と今後の成長性を確認することが必要で、もし市場規模や単価が変化するような変局点があれば、その原因も押さえることが重要である。
また、市場規模の推移と合わせて、市場シェアとその変化を整理する。競合の特定と力関係を評価することが狙いとなる。 - 市場構造分析
自社及び競合を中心におき、調達から販売・サービス提供まで、どのような取引構造でビジネスが行われているか、業界を俯瞰する。その際、モノや情報の流れとお金の流れを意識して整理することが重要である。商流と物流は異なることも多い。市場構造分析によって、当該市場の取引の流れと関連業界・企業・ビジネスモデルが明確になり、KFSを導き出すヒントが得られる。
- 市場の魅力度分析
複数の事業展開をしている企業においては、各事業が身を置く市場の魅力度評価も有効になる。具体的には、市場・顧客、技術、競合の3つの領域で評価項目を定義し、数値化することをお勧めする。
市場・顧客:市場規模、市場の収益性、市場成長率、需要市場のハーフィンダール指数(HH指数)を整理し、レーティングする。
技術:いずれも定性評価でレーティングすることになるが、設計・開発技術の付加価値、製造技術の付加価値の2つを評価する。
競合:競合企業数、ハーフィンダール指数、新規参入プレーヤー数を整理し、レーティングする。 - 将来の変局点・潮目の予測
市場規模の推移や市場構造分析結果を踏まえて、従来の市場動向とは異なる変局点や潮目が起きる予兆がないか検討することも有効である。
正確な予測は不可能ではあるが、変局点を検討することで、従来とは異なるゲームルールが前提となり、必要な組織能力が変わる可能性を想定する。。
変局点が発現する時期・タイミングも予測し、それまでにどのような変革をすべきかを検討することになる。
- 市場規模の推移と市場シェア分析
5Forces分析
5Forces分析の目的は、自社の収益性を脅かす5つの競争因子について分析を行い、市場において競争優位性を構築するための要件を洗い出すことである。具体的な分析方法を紹介する。
- 業界内の競合度合い
当該市場における、既存プレーヤー間の競争関係が激しい場合は、業界の利益率は低下する。厳しい過当競争を引き起こす要因は、以下の通り考えられる。
競争業者の数が多い、または企業規模が似ている
市場成長率が低い
固定費が大きい、または在庫費用が大きい
製品の差別化要素が少ない、またはスイッチング・コストがかからない ♢生産規模拡張が小刻みに行えない(大規模な設備投資が必要)
退出障壁が高い
- 新規参入の脅威
新規参入プレーヤーが多い場合、競争の激化による利益率低下の恐れが大きくなる。現在は参入プレーヤーがいなくても、将来の参入の可能性がある場合も、利益ポテンシャルは減少する。特に、スタートアップ企業や野心的なベンチャー企業は、産業構造の変革を目指したサービス開発を指向するため、彼らの動きには注目する必要がある。参入障壁を高くするための要因は、以下の通り考えられる。
規模の経済が働く
規模に関係のないコスト面での不利(経験効果が働く市場)
大規模な運転資金が必要
流通チャネルへのアクセス困難性
商品・サービスの差別化のレベルが高い
法律などで保護されている
- 買い手の交渉力
自社はできる限り顧客に対して高く販売したい、一方で、顧客である買い手は、良い商品・サービスをできる限り安く手に入れたいと考える。したがって、買い手から見た選択肢が多い場合は、買い手の交渉力は強く、利益低下の恐れが大きくなる。顧客である買い手の交渉力が高くなる要因は、以下の通り考えられる。
買い手の集中度が高い、または買い手の購入量が自社の売上高に占める割合が大きい
標準商品が多く差別化要素が少ない、またはスイッチング・コストがかからない
買い手による川上統合や内製化の可能性がある
買い手の集中度が高い、または買い手の購入量が自社の売上高に占める割合が大きい
標準商品が多く差別化要素が少ない、またはスイッチング・コストがかからない
買い手による川上統合や内製化の可能性がある
買い手である卸売や小売店が、利用者の選択や購買行動に影響を与えることができる
- 売り手の交渉力
自社はできる限り仕入先に対して良い原材料やサービスを安く調達したい、一方で、仕入先である売り手は、できる限り高く販売したいと考える。したがって、自社から見た選択肢が少ない場合は、売り手の交渉力は強く、利益低下の恐れが大きくなる。仕入先である売り手の交渉力が高くなる要因は、買い手の交渉力との反対の関係が成り立つ。
売り手の集中度が高い、または売り手の納入量が自社の売上高に占める割合が大きい
売り手の原材料やサービスの差別化要素が多く、またはスイッチング・コストが高い
売り手による川下統合や内製化の可能性がある
売り手である仕入先の商品や立脚する技術が、顧客の選択や購買行動に影響を与える
- 代替品の脅威
代替品の存在を想定することは、業界によっては難しいこともある。前述の将来市場の予測や変局点分析とも合わせて行い、既存商品やサービスが置き換えられてしまう脅威を抽出する。費用対効果が高い商品やサービスが登場すると、既存市場の利益率は低下し、市場シェアを奪われる。代替品の脅威を減らす要因は、以下の通り考えられる。
乗り換える際のスイッチング・コストを高める
デザイン・機能・顧客利便性を高める
価格競争をする
5Forces分析は、3C分析と合わせて行うと有効である。市場での成功要因であるKFSを抽出するとともに、競争優位性を獲得するための要件を描くことで、より明確な戦略を描くことができる。
組織能力分析
内部環境分析で有効なフレームワークとして、組織能力分析を紹介する。組織能力(Capability)とは、企業の戦略実行能力のことである。戦略は描くことはもちろん、実行して成果を出すことが重要である。昨今の戦略の賞味期限は短くなっており、市場変化に適応してその中身を柔軟に見直すことが必要である。
また、戦略実行能力の差異が競争優位性の優劣に大きく影響を与える時代になった。そのため、自社の組織能力の評価を行い、競合他社には真似ができない、そう簡単には追随できない組織能力開発を計画的に行うことが求められる。具体的な分析方法を紹介する。
- ダイナミック・ケイパビリティ
ダイナミック・ケイパビリティ(Dynamic Capability)とは、事業環境の変化に応じて、競争優位性を生み出す組織能力、経営資源、ノウハウ・知識を再構成するオーケストレーション能力のことである。ダイナミック・ケイパビリティ論の研究は進んでいるが、日本では、2020年の「ものづくり白書」の不確実な世界における企業の経営戦略の中で、「企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)の強化」として紹介された。具体的には3つの能力に区分される。
- Sensing:感知
変化する事業環境において、事業機会・脅威・危機を感知する能力 - Seizing:捕捉
感知された事業機会を捉えて、保有している資源・ルーティン・技術・知識を再利用することで競争力を獲得する能力 - Transforming:変革
新しい競争優位性を確立し持続的なものにするために、企業内外の資源や組織を体系的に再編成し変革する能力
- Sensing:感知
ダイナミック・ケイパビリティは事業環境変化への適応力が軸にあるため、不確実性の高いVUCAの現代に合ったフレームワークとして今後更に注目される可能性がある。中期経営計画を策定する際に、自社の強化すべき組織能力を定義し、重点施策として計画的に能力育成・開発していくことは重要である。
- ケイパビリティ成熟度モデル(Capability Maturity Model/Modeling)
CMMは、米国においてソフトウェア開発プロセスの成熟度を測る手法であり、組織がプロセス改善を行う能力を評価・指標化するための方法論である。成熟度の評価は5段階で行われ、①初期状態(Initial)、②反復できる(Repeatable)、③定義された(Defined)、④管理された(Managed)、⑤最適化している(Optimizing)の5つのレベルである。
CMMはソフトウェア開発だけでなく、企業変革にも活用することができ、現状の組織能力の評価を行った上で、目指す姿とのギャップを可視化することで、変革ポイントが明確になる。現在、日本ではDXの必要性が高まっているが、本質的且つ持続的な変革(Transformation)を実現するために、CMMは有効なフレームワークだと言える。