人事評価制度の役割と全体像
人事評価制度は、人事制度を構成する1つである。人事制度を構成する3要素とは、等級制度、評価制度、報酬制度である。3つの制度を簡単におさらいする。
人事制度を構成する3要素
等級制度 | 従業員を能力・職務・役割によって区分し序列化、業務遂行の際の権限と責任、従業員の処遇の根拠とする制度企業・組織の必要人材の要件、モデルとしても活用することができる |
評価制度 | 従業員の能力や会社・組織への貢献度を評価し、報酬や等級の待遇へ反映させる仕組み評価制度は会社・組織の戦略と従業員の行動をつなげる役割を持っており、管理者が部下を育成・指導する基準になる |
報酬制度 | 従業員の業務成果や貢献度に応じて、従業員の報酬を決めるための基準・体系従業員のモチベーションに影響するとともに、企業・組織の最適な人件費で運営するために必要な制度であり、等級制度と評価制度と密接な関連性を持つ |
人事評価制度の役割
人事評価制度を戦略実現のための実行基盤として捉え、役割を明確にすることが重要である。中堅中小企業にとっては大企業以上に人材は競争優位の源泉であり、評価制度は重要な役割を担う。
- 従業員の行動変容を促進 | 人事評価制度は、戦略の実現に向けた従業員の行動変容を促進するための制度として、戦略遂行の重要な要素と位置付けることが重要である。
- 従業員の評価 | 従業員が業績目標達成に向けて、設定された業務目標と業務内容を着実に遂行するとともに、より良い経験を積むことで成長を実現するための方針を示す。
- 人材育成・指導の基準 | 各役職のやるべき活動と評価基準に則り、管理者が部下をマネジメントし、育成・指導するためのガイドとなる。
中小企業における人事評価制度のメリットとデメリット
人事評価制度の導入には、大きく5つのメリットが考えられる。もちろん、導入しただけでは期待効果は得られないが、適切に設計し導入・運用することで、戦略実行基盤としての効果が発現すると考えて欲しい。
中小企業における人事評価制度の5つのメリット
- 貢献意欲と業績の向上
適切な評価制度の導入と運用によって、従業員はモチベーションが向上し、会社・組織への貢献意欲を高めることができる。結果、戦略の実行力が高まり、業績目標の達成と向上につなげることができる。
- MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)の浸透
中堅中小企業は大企業とは異なり、小回りが利く長所を持っている。各社のミッション、ビジョン、バリューを求める人材像へ盛り込むことができる。こうした人材戦略と等級制度と連動した評価制度を一体運用することで、MVVを会社・組織内へ浸透させ、行動変容を加速させることができる。
- 人材のパフォーマンス実態の見える化
中堅中小企業にとっては、人材は競争力の源泉の一つである。評価制度の運用によって、人材のパフォーマンス実態が見える化され、現状課題がどこにあるのか、人材教育の方向性や新規採用の必要性が明確にすることができる。
- 管理職の能力開発
評価制度において、評価基準は人材マネジメントの指針・基準になる。管理職は、部下の業績評価向上に向けた教育と指導に取り組むことになる。現場での実践教育と指導によって、マネジメント能力向上が期待できる。
- コミュニケーションの活性化
評価制度の運用を通じて、上司部下のコミュニケーションだけでなく、組織間のコミュニケーションも活性化する。人材の最適配置を考えるきっかけとなり、人事異動やジョブローテーションなどの施策の起点になる。
大企業や中堅企業で散見されるが、人事評価制度の運用に非常に多くの時間を費やしているケースがある。こうしたケースを反面教師として、評価制度のデメリットもしっかり認識しておく必要がある。
中小企業における人事評価制度の2つのデメリット
- 多大な業務コスト
評価制度の導入と運用には、制度設計と導入教育、運用・定着と、非常に多くの業務工数がかかる。特に、運用は毎期行うため、管理職だけでなく、従業員の業務負荷がかかる。一方で、評価プロセスを曖昧に、基準無しで運用すると、不公平感が生まれ、制度の効用が得られない。
- 従業員のモチベーション低下
業績貢献やパフォーマンス実績によっては、低評価を受ける従業員が出てくる。また、人事評価制度上は適切な評価であっても、自己評価や市場評価とのギャップがある場合は、従業員のモチベーションは低下する恐れがある。低評価の従業員に対する改善機会とコーチング機会の提供を、評価制度と一緒に仕掛けとして準備する必要がある。
米国で起きている人事評価制度廃止のトレンド
米国では、職務体系・職務記述書(ジョブディスクリプション)において、業務内容を明確に定めて、人材要件に合致した人材を採用・配属・育成する人事制度を運用していることが多い。ジョブ型雇用制度と言われる。このジョブ型雇用制度の課題としてあがっているのが、まさに多大な業務コストと従業員のモチベーション低下になる。
職務体系としてのジョブディスクリプションの作成や更新・メンテナンスの業務負荷が高く、運用コストがかかっている言われる。中堅企業や大企業など、組織規模が大きくなればなるほど、その負荷は膨大になる。また、ジョブディスクリプションが実際の業務内容と異なり、且つ放置されているケースも散見される。
結果、2010年代から人事評価制度に基づく点数評価を廃止する動きが拡大している。多種多様なスキルや経験が求められ、目に見える成果のみで判断することが難しくなってきている。こうした課題認識のもと、MicrosoftやGeneral ElectricsやAdobeなどでは、点数やランク付けをしない「ノーレイティング」という手法が導入されている。マネージャーがメンバーに対して日常的にフィードバックを行い、その延長線上に最終的な人事評価を行う仕組みを運用している。
人事評価制度の種類
人事評価制度の評価項目は、一般的に業績目標(業績を中心とする結果指標)、成果目標(戦略の実行度を設定)、能力目標(業績目標達成に必要な能力、知識、資格などを設定)、情意目標(勤務態度や仕事への意欲を設定)の4つで設定することが多い。こうした目標に対する実績を適切に評価するための手法を紹介し、その特徴について整理する。
人事評価制度の種類
種類 | 主な特徴 |
目標管理制度(MBO) | 全社目標、部門目標、個人目標と目標展開を行い、階層毎に目標設定を行う。目標達成度の評価は、定量と定性の両面で行う。評価者は直属の上司だけでなく、関連部門の評価者を設定することもある。 |
目標管理制度(OKR) | OKRの特徴は、従来型の評価法に比べて、頻繁に評価面談を設定(1-3か月)、追跡、再評価することである。従業員が戦略や目標について同じ方向を向き、明確な優先順位を持ち、着実に計画を実行することを狙っている。 |
コンピテンシー評価 | コンピテンシー(業務の遂行能力)が高い従業員に共通する行動特性を洗い出し、評価項目と評価指標に設定するする手法。優れた従業員の行動特性に基づいた評価項目を示すことで業績向上につなげることができる。 |
360度評価 | 上司、部下、同僚、プロジェクトメンバーといった複数の立場から、従業員を多面的に評価する手法。勤務態度や業務への意欲、実務能力の実態を判断する情意評価や能力評価を行うことに適している。 |
※MBO:Management by Objectivesの略
※OKR:Objectives and Key Resultsの略
4つの評価手法を紹介したが、いずれの制度についても、安易に定型フォーマットやシステム導入のみを行うと効果的な運用と業績貢献や事業計画の達成にはつながらない。経営戦略・事業戦略・事業計画との整合性を取り、将来ビジョンを実現するための重点施策として取り組むことが重要である。
中小企業における人事評価制度の導入方法
人事評価制度の導入・運用は、大きく3つのステップで進める。導入時の成功ポイントは、MVVを体現した事業戦略・事業計画との連動と一貫性を高めること。特に中堅中小企業の場合は、人材の採用と定着、そして人材の成長が競争優位の源泉になるため、ビジネスそのものとの一体運用がポイントとなる。
ステップ1 | 事業戦略・事業計画および人材戦略の策定
- MVVを踏まえた事業戦略・事業計画の策定の中で、戦略の実行基盤としての人事評価制度の導入を位置づける。
- 人事評価制度の導入を含めた人材戦略を策定する。人材採用、人材育成、人材の定着化、人材の適正配置(リソースプラン)を含めた全体像を描き、そのために必要な人材像と必要スキルを明確に定義する。
- 現状、等級制度、評価制度、報酬制度を導入し運用している場合は、現状課題と改善の方向性を洗い出して欲しい。具体的には、以下のチェック項目を参考にして欲しい。
等級制度
- 等級数は、組織体制や従業員のキャリア開発に合致した設定となっているか
- 等級定義は明確になっているか(等級間の違いは明確か)
- 昇格・降格の条件と基準は明確か
評価制度
- 評価基準は、評価指標と評価水準は明確か
- 評価項目数は適切か(多すぎないか)
- 評価サイクルは、事業成長のスピード、事業計画の管理サイクルと合致しているか
報酬制度
- 昇格・降格・賞与の算出について、給与の改定・賞与の算出方法は明確になっているか
- 報酬水準は、社会動向や業界環境に応じて、競争力のある報酬水準に設定されているか
- 同等級や等級間における従業員の報酬分布に齟齬がないか(逆転現象などが起きていないか)
ステップ2 | 人事評価制度の設計・導入
等級制度設計
- 等級制度を設計する。等級は、等級が本人に帰属する職能等級、ポジションに帰属する役割等級、職務に帰属する職務等級があり、どのように等級を設計するかは企業によって異なる。
- 等級数は、一般社員層と管理職層に分け、管理職層はマネジメント職と専門職に分けて等級数を決めることが必要である。
- 等級定義を明文化する。具体的には、等級名、職位、等級定義、詳細定義(期待役割と職責、発揮すべき能力)を記述する。
評価制度設計
- 評価項目を設計する。評価項目は、業績目標、成果目標、能力目標、情意目標の4つを設定する。
- 業績目標とは、全社目標、部門目標、個人目標があり、業績結果項目(売上高、粗利額など)と業績プロセス項目(訪問件数、顧客満足度など)で設定する。
- 成果目標とは、戦略や事業計画の実現に結びつく行動目標を設定する。重点施策の達成度など、事業計画に紐づいた目標設定が重要である。また、中長期的な重要アクション(新規商品アイデア創出など)についても目標設定することで、より強い組織と組織能力の形成に貢献できる。
- 能力目標とは、業績目標・成果目標を達成するために必要な能力・スキルを定義する。能力評価は、能力を実践して初めて評価されることに注意する必要がある。能力はポテンシャルや発現されていない状態では評価されず、パフォーマンス実績が必要となる。
- 情意目標とは、業務に対する姿勢や考え方を定義する。例えば、チームワーク、成長意欲や積極性、責任感など、全従業員が達成すべき必須項目と言える。
- 評価項目が決まったら、各項目の評価ウエイト付けを行う。等級・職位に応じて評価項目の重みづけを行い、会社として従業員に期待する行動を促す仕掛けを設計する。
- 評価シートを作成すると同時に、評価プロセスと評価決定方法を設計する。この段階で、人事評価システムやアプリケーションの導入を検討することもある。エクセル運用では、継続性を担保することが難しいケースも多い。
- 評価者研修も検討し、全社で不公平が起きないように、評価する側の能力開発を担保することも、中堅中小企業では忘れがちな論点になる。
ステップ3 | 人事評価制度の運用
人事評価制度の運用は5つのプロセスで行う。
- 評価の実施
提出された評価シートについて、評価者が評価基準に基づき評価を行う。また、評価と合わせて育成施策を検討し、明文化する。
- 評価・育成会議を実施
評価者同士のバイアスやバラツキを補正するための会議を開催し、評価を調整する。また、被評価者の育成項目と必要施策を話し合い、個別の育成施策を決定する。
- 評価・育成面談の実施
評価結果と能力育成方針を被評価者本人に伝える。原則は、各部門長もしくは直属の上司から評価を伝える。また、次期の重点施策と目標設定に向けた目標設定シートへの記入を促す。
- 次期の目標設定
評価・育成面談で合意した目標設定と取り組むべき重点活動を明確にする。目標設定シートへ記載し、面談の準備を行う。
- 目標設定面談の実施
目標設定シートに基づき、評価者と被評価者の1on1面談を実施し、目標と重点活動を確認する。目標達成に向けた進捗状況の管理サイクルは、通常は年2回の評価会議とは別に、中間時点でそれぞれ1回ずつ行うことが多い。たた、上期下期1回ずつでは改善機会を逃す恐れがあるため、四半期に1回、もしくは月次で行うことをお勧めする。
中小企業の人事評価制度導入における注意点
最後に、人事評価制度の導入において注意すべきポイントとして、人事評価エラーについて整理する。意図的な評価エラーと無意識な評価エラーがあるが、特に無意識な評価エラーについて説明し、評価の際の参考にして欲しい。
いずれも心理学的なバイアスにより、偏った評価に陥る課題と言える。特に評価者は注意して、意識することが求められる。
主な評価エラー
エラーの種類 | 主な内容 |
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ハロー効果 | 被評価者の目立つ特徴に影響を受けて、他の評価が歪められること |
ホーン効果 | 一部の悪い印象に引きずられて、全体の評価にネガティブに歪められること |
分布エラー (Distribution errors) | 寛大化傾向:評価結果が実際より甘くなる |
中心化傾向:成果や可能性の優劣に関わらず、評価が中間値に集中する | |
極端化傾向:寛大化傾向とは逆に、評価が全体的に厳しくなる | |
逆算化傾向 | 最終の評価結果を先に決め、逆算して各項目の評価を調整すること |
論理誤差 | 事実とは関係なく、評価者の推論や憶測によって評価を行ってしまうこと |
対比誤差 | 評価者自身の能力と被評価者の能力を比較して評価してしまうこと |
期末誤差 | 評価期間の期末に近い出来事に全体の評価が影響されること |
近親効果 | 評価者と近い立場の者や共通点を持つ者に対して評価が甘くなること |
アンカリング | 最初に提示された結果が基準値となり、その後の評価に影響を与えること |
人事評価制度の導入は、中堅中小企業にとっては重要なテーマである。経営・事業戦略や事業計画の一体的に考え、重点施策と位置づけて欲しい。また、制度導入が目的化するケースも散見される。競争優位の源泉である人材の育成と定着を実現するための「優秀人材のキャリア形成基盤」として位置づけた取り組みを進めることをお勧めする。