中小企業のマーケティング現状
マーケティングにはさまざまな定義が存在する。いくつかの定義を確認し、改めてマーケティングとは何かを整理する。
- アメリカ・マーケティング協会(AMA)
マーケティングとは、顧客に価値を創造、伝達、提供し、組織および組織をとりまく利害関係者を利するように顧客との関係性をマネジメントする組織の機能および一連のプロセスである。 - フィリップ・コトラー(コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント第12版)
マーケティングとは、人間や社会のニーズを見極めてそれに応えることである。マーケティングを最も短い言葉で定義すれば、『ニーズに応えて利益を上げること』となろう。 - 日本マーケティング協会
マーケティングとは、企業および他の組織がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動である。
キーワードは、「顧客」「価値と利益創造」「一連の統合プロセス」と言える。このように、広義のマーケティングは事業戦略そのものであり、中小企業にとってはマーケティングの成功は事業の成功と言っても過言ではない。中小企業こそマーケティングの本質を捉えた戦略や施策を実践して欲しいところだが、二の足を踏んでいる企業や経営者も多い。典型的なマーケティングの課題を整理すると大きく5つにまとめられる。
- 人材不足
- 最も多い課題は、マーケティング戦略と実践を担える専門人材不足である。マーケティングに限らず、DX推進など多くの経営テーマにおいて、人材不足がボトルネックになることが多い。
- 人材不足を理由にすると思考停止になり、事業成長が実現できないため、専任担当ではなくても良いので、担当者を配置することをお勧めする。
- 知識・経験不足
- 取り組みたいと思っているが、何から手をつけたら良いのか分からない中小企業も多い。マーケティングと営業の違いや、マーケティングの効果が分からないという声は大きい。
- 昨今は、デジタルマーケティングなど、ITやデジタル技術を活用した多様なサービスが登場しており、より経験不足による取組みの停滞が起きやすい。
- 予算不足
- 販売費用やマーケティング費用は、中小企業にとっては最も調整・削減しやすい費用であり、大手企業のような固定費的な予算編成は難しい。
- 期待効果のイメージが使いため、充分な予算を配分できない企業も多い。特に、BtoB企業の場合は、マーケティングよりも営業活動への配分が多い傾向がある。
- サポーター・支援者不足
- 専門人材の不足と合わせて、マーケティング支援企業とのネットワーク不足や協力会社がいないことも多い。
- デジタルマーケティング領域など、技術トレンドの変化が非常に激しいため、支援企業や協業先のサポートが必要となるが、取引関係がなく、情報収集も十分にできていない中小企業が多い。
- マーケティングの重要性の認識不足
- 商品力や技術力が強い企業は、マーケティングの重要性に目が向かない傾向がある。良い商品やサービスをつくれば販売は伸びるという考え方が根強い。
- 営業が強い企業は、マーケティング効果に懐疑的で、自身で売上をつくることができるという意識を持っている傾向がある。経営者が営業活動を担っていることも多いが、組織的な営業力を強化したいと考える中小企業も増えてきている。
中小企業がマーケティングを行うべき理由
中小企業がマーケティングを行うべき最たる理由は、マーケティングは利益創出に貢献できるということである。顧客及び解決すべき顧客ニーズを特定し、中小企業では限られた経営資源と自社の強みを集中させることで、利益を生み出す。創出した利益を顧客への価値創造に向けて再投資し、利益ある成長の好循環を生み出すことがマーケティングの目標である。
東京商工会議所の調査からも、利益ある成長の重要性を認識している中小企業が多いことが分かる。中小企業が目指す今後10年先の姿は、事業規模を拡大し大企業を目指す野心的な中小企業経営者も一部には存在するものの、大多数は、売上規模拡大よりも利益ある成長を目指している。
10年先の目標とする規模と成長要素
注目されるのは、中小企業が目指す長期の方向性は事業拡大より利益指向ではあるものの、コロナ以降、新商品開発や新市場開拓(EC展開含む)の成果実感を得られている中小企業が出てきていることである。
マーケティング活動も、新たな強化強化施策としては優先度が低いものの、一定の成果実感が得られている取組みとなっている。今後、中小企業においては、こうした新商品/市場/顧客開発やマーケティング活動を定着させ、利益創出につなげることが重要テーマとなってくる。
コロナ以降の新たな強化施策と成果につながった施策
中小企業がマーケティングを行うために準備するべきこと
中小企業においてマーケティングを強化する際に、最も障害となるのは人材不足である。そのため、大手企業とは異なり、専任部門をつくることは難しい。まずはプロジェクト型で取組みを開始することをお勧めする。プロジェクト組成を含め、中小企業がマーケティング強化を行う上で準備すべきことを整理する。
1.推進体制の構築
- プロジェクト組成
プロジェクトとは、日常の組織運営とは別に、目的を達成するために期間限定で構成された横断チームとその業務のことである。まずは、経営者をプロジェクトオーナーとして、期間を決めてマーケティング強化プロジェクトを立ち上げる。
- メンバー選定
プロジェクトリーダーとメンバーの選定ポイントは、製販開の主要機能の担当者を入れることである。プロジェクトを通じて現状課題や重点施策の必要性について共通認識を持つことができる効果がある。結果、マーケティング戦略が実行段階に移った時に、スムーズなスタートを切ることができる。
2.プロジェクト計画の作成
- 目的と目標の設定
プロジェクトの目的を明確にすることは極めて重要である。中小企業に限ったことではないが、目的が不明確なまま、日常的に業務を推進している企業は多く存在する。目的とは「達成すべきこと」「目指すべき到達点」であり、目標とは「目的が達成した状態」「到達点の水準」である。目的は定性表現で示され、目標は定量表現で設定することが多い。
- プロジェクトの期間の設定
プロジェクトは、目的の達成期限を設定し、プロジェクト推進期間を設定することになる。プロジェクト未経験の企業は、まずは半年から1年間の期間設定をお勧めする。また、中間目標を設定し、月1度の進捗報告を設定する。報告タイミングの設定にはさまざまな考え方があるが、現実的には月次管理が一般的であり、運用がしやすい。
- 活動内容と推進責任者の配置
誰が何をするかを具体化する。特に何をするかについては、個別の詳細タスクの積上げではなく、重点活動を明確にすることが重要である。期待効果(有効性)と実現性の両方が高いと想定されるタスクに焦点を絞ることが肝要である。
3.検証項目の設定
- 検証項目と評価方法の設定
目標設定の段階で、目的が達成した状態や到達水準を指標化する。例えば「新規顧客の売上高3億円」「新規顧客数は10社」などである。検証項目としては、新規顧客数、顧客当たり販売単価、見込顧客数、受注率など、目標達成に向けたプロセス指標をKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)として設定する。
- 必要データの定義
目標値とKPIを表現するデータの定義を事前に行っておくことをお勧めする。指標の定義と合わせて、データの収集方法も明確にする。中小企業の場合、KPIデータを収集することに時間を有することも多々あるため、効率且つ効果的な仕組みを構築することが必要である。
4.協業先と活用ツール候補のピックアップ
- デジタルマーケティング支援企業
マーケティング強化を図る際、デジタル技術を活用した取組みは必須となってきている。したがって、デジタルマーケティングを行う際は、外部協力パートナーや協業先の協力が不可欠となることが多い。デジタルマーケティングと言っても多様な領域があるため、目的に合わせて協業先をピックアップすることが重要となる。
- 広告会社
従来型の広告会社とネット広告会社と、多様なサービスを提供する広告会社が存在する。また、デジタルマーケティングまで支援できる広告会社も存在しており、サービス提供能力を情報収集し、評価することが肝要である。
- 効率化ツール
コミュニケーションツールと分析ツールの2つは、プロジェクト活動を効率的に進めるために事前検討することをお勧めする。コミュニケーションツールとは、ビジネスチャット、オンライン会議、クラウドストレージの3つである。分析ツールは、さまざまなツールが存在するが、まずはGoogleアナリティクスを使い、自社のアクセス解析ができるようノウハウを蓄積する。その他、有料ではあるがGoogle広告のアカウントを取得し広告出稿すると、キーワードプランナーが利用できる。検索動向やキーワードボリュームが把握できるため参考になる。
中小企業でも始めやすいデジタルマーケティング・Webマーケティング
マーケティングは、事業戦略そのものであり「顧客及び市場価値を創造することで利益を生み出す、組織横断の統合プロセス・取組み」と言える。この定義を顧客起点で分解し、狭義の4Pマーケティング、デジタルマーケティング、Webマーケティングの施策に落とし込むことができる。
中小企業が始めやすい取組みは、Webマーケティングと言える。Webマーケティングは、自社のWebサイトへより多くの顧客を集客し、自社商品やサービスの購入や利用を促進し、長期的な関係構築を行う一連の活動と定義することができる。
Webマーケティングの種類を整理するが、どれか一つの施策を行えば良いわけではなく、予算やリソースの制約を考慮した上で、複数の施策を組合わせて効果的な取組みを推進することが重要となる。主なWebマーケティングの種類を整理した。
Webマーケティングの種類
種類 | 内容 |
Webサイト構築・運用 | 企業サイト、商品・サービスサイト、ECサイトなどのWebサイトを構築し、顧客ニーズを捕捉し、集客を実現することが目的アクセス解析より、コンテンツの追加・更新を行う顧客からの問合せ対応を行う |
Web広告 | リスティング広告:検索連動型広告のことディスプレイ広告:バナー広告のこと(画像/動画+テキスト)。 広告配信ネットワークに対して配信するSNS広告:Facebook、Twitter、Instagramといったプラットフォームに配信する広告アフィリエイト広告:成果報酬型広告のことで、媒体主であるアフィリエイターが保有しているブログやSNSに広告を配置してもらう手法動画広告:動画を広告配信する手法で、YouTube広告が代表例メール広告:電子メールでユーザーに広告配信する手法 |
SEO(検索エンジン最適化) | Googleを中心に、検索エンジンで検索結果上位に表示させることで、Webサイトへの流入数を増やすマーケティング施策のこと検索エンジンの評価が低い場合、優良コンテンツを作ったとしても訪問数が獲得できない |
メールマガジン配信 | 購読希望・登録ユーザーに対して、電子メールにより情報配信を一斉に行う手法ユーザーの行動履歴に応じたパーソナライズ化ツールも存在 |
コンテンツマーケティング | 広告ではない高付加価値情報・コンテンツを用いて、中長期的な良好な顧客関係性を構築するコミュニケーション施策のことWebサイトだけでなく、オウンドメディア、動画、セミナー、ホワイトペーパー、メールマガジンを使い、顧客の関心ごとやニーズを満たした質の高い情報を提供すること |
SNSマーケティング | Facebook、Twitter、Instagram、LineなどのSNSを有効活用し、情報拡散と利用者同士のつながりに情報配信を行う手法 |
動画マーケティング | 映像コンテンツを用いて、自社商品・サービスに関する情報を配信する手法YouTubeをはじめ、目的に合わせた動画配信プラットフォームなどを活用することが多い |
中小企業基盤整備機構の調査によると、中小企業のDX推進で最も多い施策はホームページ作成となっており、Webサイト構築・運用が最も取組みやすい施策だと言える。
また、主なデジタルマーケティングの種類についても整理する。顧客接点で得られたデジタルデータを有効活用し、顧客価値を創造することに主眼が置かれている。さまざまな技術やツール導入や取組みが試行錯誤されている段階であり、方法論が確立している分野ではないため、常にアンテナの感度を高く持ち、情報収集と自社への活用機会を考えることが重要である。
主なデジタルマーケティングの種類
種類 | 内容 |
DMP | DMPとはData Management Platformのことで、複数のデータソースからデータ収集を行い統合分析が可能なプラットフォームを構築する |
BI | BIとはBusiness Inteligenceのことで、企業内に蓄積している膨大なデータを収集・蓄積・分析・加工し、経営戦略や意思決定に反映する仕組みのことダッシュボードによる可視化、OLAP分析機能(オンライン分析処理)、データマイニングなど、さまざまな機能がある |
CRM | CRMとはCustomer Relationship Managementのことで、顧客情報を一元管理し活用することで顧客との関係性を向上させることを狙った仕組み |
MA | MAとはMarketing Automationのことで、マーケティング活動を自動化するツールおよびプラットフォームを示す営業活動の前段階で、マーケティング活動の結果として得られた顧客情報を元に顧客をスコアリングし、見込客に対して最適なアプローチを行うためのツールである |
アプリマーケティング | スマートフォンアプリを使って、顧客とコミュニケーションとデジタル体験を提供するマーケティング手法ネイティブアプリ(AppleやGoogleのストアからダウンロードして活用するアプリ)とWebアプリ(ダウンロード不要で、Webブラウザ上で動くアプリ)の2種類があり、それぞれのメリットとデメリットを理解したアプリ開発が必要 |
AI | AIはArtificial Intelligenceのことで、人間の知能に関連するタスクをコンピューターシステムが学習して実行可能にすることを示すマーケティング活用領域としては、人流分析、需要予測、パーソナライズ化、チャットボットによるカスタマーサービス、商品開発・品揃えなどのMD開発、ダイナミックプライシングなどがある |
中小企業のマーケティングの成功事例
中小企業白書に掲載された企業一覧より、マーケティング活動に力を入れている中小企業を独自に選定し、取組み内容を整理し、共通点を洗い出す。
BtoCのマーケティング事例:近畿編針株式会社
課題認識
- 近畿編針は、1916年創業の老舗編針メーカーで、売上高の6-7割を占める竹編針を中心に、編み物用具や手芸用品を展開している。また。世界18か国に輸出も実施し、海外売上高の拡大を図っている。
- 2000年代から欧米諸国で編み物関連の需要が急激に高まり、海外向け売上高も拡大。海外卸売業者のオファーを受け、2006年頃より自社ブランド製品の輸出を開始。
- 国内向けの伝統ブランド「K・A」の製品をそのまま輸出。当初は堅調に推移した売上高も、2010年代に入ると時代遅れのデザインなどが原因で伸び悩んだ。
マーケティング戦略
- 認知度の高いコーポレートブランドは残し、プロダクトブランドの刷新を計画。全社員を巻き込みプロジェクトを推進した。
- ターゲット顧客を、SDGsや自然と調和したライフスタイルに情報と意識を持つ消費者と定義。また、ブランドコンセプトを、編み物をする空間や時間を豊かにすることと定義した。
- 顧客接点改革も進め、パッケージデザインはブランドロゴ、商品パッケージ、カタログなど統一ブランドに刷新し、Webサイトも再構築。EC機能やオンライン展示会機能を実装し、顧客との関係構築と直販チャネルの強化を図った。
- 海外見本市への出展を行い、SDGs先進国のEU市場(ドイツ、フランスなど)の開拓を積極的に行った。また、一般的な大手ECサイトではなく、ハンドメイド特化の米国の越境ECモール「Etsy」へ出店し、ターゲット顧客への訴求を強化
BtoBのマーケティング事例:株式会社クロスエフェクト
課題認識
- クロスエフェクトは、光造形や真空注型による工業製品の試作品等の設計・製造を手掛ける技術企業
- 2012年には、3次元CADでデザインされたモデルと寸分違わない実物モデルを作成する技術によって、世界で初めてフルオーダーメイドの心臓手術用模型を開発した
- 2020年4月に緊急事態宣言が発令された直後、国立循環器病研究センターから、高性能な医療用マスク開発の相談を受け、即座に企画・設計を開始。
マーケティング戦略
- 保有技術と市場ニーズを効果的にマッチングさせるために、「超高速試作」というスピード価値を訴求し、モノづくり技術ではなく、顧客サービスを軸に置いたマーケティングを展開していることが成功要因であると考えられる。
- 医療用マスクについては、口元に密着可能で長時間の装着に適したフィルター交換式マスクを提案し、1つの試作品を2日程度で完成させた。
- また、1回のフィードバックから再提案までの所要時間は1週間程度で実現しており、10回の再提案、設計変更は社内検討を含めると20回を超える水準にも対応した。
中小企業におけるマーケティングの成功要因
中小企業は、大手企業とは異なり、人材や投資資金などのリソースが不足している。そのため、強みを最大限に生かし、効率的且つ効果的なマーケティングを展開することが必要である。事例で取り上げた両社についても、強みを最大限に発揮している。また、両社のマーケティングの成功要因として2つの共通項が存在する。
- 顧客起点で重点施策を定義
- 両社ともに、顧客起点で重点施策を定義し、展開している。近畿編針は、顧客を再定義し、SDGsや自然環境に意識の高い消費者をコアターゲットとして、先進国である欧米諸国へのアプローチを実施。一般的なECチャネルではなく、ハンドメイド特化型の越境ECを開拓し、直販ルートを強化している。
- クロスエフェクトは、CADデータ処理技術と実物試作モデル作成技術を活用し、顧客により早いリードタイムで試作品を提供している。試作品の初回提供だけでなく、フィードバックからの再提示もスピーディーに対応することで、顧客満足度を向上させている。
- 技術のサービス化
- 近畿編針は、竹編針を中核技術として、Seeknit(シークニット)にリブランディングするとともに、&Seeknit(アンドシークニット)ブランドで、現代の暮らしにあった編み物の提案を行っている。編み物をやったことがない潜在顧客層への興味喚起をサービスとして提供している。
- クロスエフェクトは、真空注型、光造形、表面処理・加飾、光成形、CTスキャンなどの独自技術をアピールするのではなく、「超高速試作」という顧客が体感できるスピードを価値訴求している。まさに、モノづくり技術のサービス化の良い事例と言える。