新規事業創出や新商品開発が必要な背景
新規事業の創出が共通の経営課題として挙げられる背景として、大きく3つの要因ある。1つ目は顧客の変化、2つ目はデジタル市場の拡大、3つ目は必要人材の変化である。
1つ目の要因は、インターネットやスマホが普及し、多様なソフトウェアが登場し浸透したことで顧客の購買行動が劇的に変わったことである。端末やデバイスのハード面だけでなく、メディアやアプリケーションも進化したことにより、既存事業の経験やノウハウだけでは対応できなくなってきた。特に、顧客とデジタルなつながりを持つことは、商品・サービス開発の観点だけでなく、営業・マーケティングの観点からも重要な意味合いを持つ。「既存顧客にアプローチしたい時、デジタルチャネルやツールでコミュニケーションを取ることができている」中堅中小企業は少ないのではないだろうか。
2つ目の要因は、デジタル技術が生活に浸透しデジタルがベースの新市場が生まれたことである。モノに関しては「Connected (つながる)」商品が当たり前となってきており、従来型のモノづくりの技術やノウハウ以外のソフトウェアの知見が必要となってきている。また、人材不足や技術継承の必要性より、モノづくりのプロセスにおいてもデジタル技術の導入が活発化している。サービス(コト)に関しては、iPhoneが登場して以来、サービスの概念自体が変化してきた。今後は「無形の体験価値の提供」という側面がより強くなり、リアルとデジタルの両方の世界でのサービス統合が必要となる。こうした新しい顧客ニーズに基づく新市場が生まれたことで、デジタル市場攻略が避けては通れない事業環境になってきた。
3つ目の要因は、必要とされる人材・スキル要件が変化してきていることだ。従来型の業務は経験やノウハウ習得期間が必要とされたが、デジタル技術活用による業務は、再現性や復元性があり経験年数や習得期間が短くても成立する。スピーディーに反復経験を繰り返すことで業務や商品の品質を向上させることが要諦であり、
従来型の人材要件とは異なる。優秀なデジタル人材を採用するためには、従来型の組織運営体制で難しくなってきており、中堅中小企業にとっては将来成長のボトルネックになる可能性がある。
新規事業創出の進め方
新規事業検討のフレームワーク
1. 市場から考える
メガトレンドや将来の市場予測を参考にし、成長市場を洗い出す考え方で、市場予測から新規事業領域を探索・特定していく方法論である。大企業では市場調査や産業調査機能を持っているため、市場アプローチは良く見受けられる。検討ステップは、市場探索、市場選定、自社技術や事業との親和性評価、競争優位性の評価、市場評価を経て有力な事業機会を抽出することになる。
2. 既存事業の周辺領域から考える
既存事業の対象市場の周辺領域へ参入する考え方である。方法論としては、産業バリューチェーンの上流もしくは下流へ拡大する考え方と、類似企業の新規事業・新商品をベンチマークすることにより検討テーマを導出する考え方がある。いずれも既存事業で培ったリソースやノウハウを活かした染み出しによる新規事業開発であり、大企業、中堅中小企業のいずれにおいても取り組まれている。
3. 顧客の未充足ニーズから考える
日頃の営業活動やマーケティング活動において、「こんなサービスがあったら良いのに」「お客様の本当の課題に応えられていない」など、モヤモヤしている顧客接点部門の方は多いのではないか。実は、この顧客の未充足ニーズを起点とした新規事業創出に取り組めていない企業が非常に多い。大企業の場合は縦割り組織で情報共有ができておらず、中堅中小企業では未充足ニーズに気が付いていないことが多い。スタートアップやベンチャー企業はこの未充足ニーズを一点突破することで、産業構造を変えたいと考えているプレーヤーが多い。
4. 強みから考える
自社の強みを再認識することで、新しい事業機会や新商品開発の可能性を検討するアプローチである。改めて強みを棚卸する着眼点としては、リソース、事業モデル、組織能力の3つが挙げられる。リソースとは、資金力・優秀な人材・最新鋭設備等になる。事業モデルとは、ビジネスモデル、オペレーションモデルなど収益獲得の仕組み等になる。組織能力とは、営業マーケティング力、商品開発力、生産技術等が挙げられるが、実際はもう一段階掘り下げて具体的に認識して欲しい。例えば、顧客ニーズの把握のやり方と商品開発への反映ノウハウなど、各社固有の強みを明確にすることが重要となる。
5. 技術・ノウハウから考える
技術立脚の企業においては、保有技術やノウハウから新規事業を検討することも多い。特に、製造業やソフトウェア企業においては検討される方法論になる。技術と市場を結びつけることが指摘されることが多いが、経験上はそう簡単ではない。用途開発や新市場への応用が可能な技術と、既存事業固有の技術が存在する。前者の場合は、技術部門や開発営業部門などがシーズや潜在ニーズを察知していることが多い一方で、後者は新しい技術開発を行う必要がある。いずれの場合でも、有効な技術評価手法としては、顧客の声の調査をお勧めする。特に、顧客の技術部門の声を客観的に収集し、他社との相対比較を行うことが大切である。
陥りがちな落とし穴
新規事業検討の5つのフレームワークを紹介したが、よく見受けられる3つの落とし穴も整理しておく。自社の検討・推進状況を自己評価してみて欲しい。
1. インプット中心の取り組み
新規事業検討の初期段階において、市場調査や顧客インタビュー、競合のベンチ―マークなど、新規事業についての情報収集を行うことが多い。その結果、調べた市場が魅力的であり、成長性が高いため、当該テーマを選定しているケースである。確かに市場は魅力的かもしれないが、参入企業も多く、且つ自社の組織能力を超えていることも多い。市場評価にとどまらず、実現方法とビジネスモデルまで検討し、ビジネスプランに落とし込むことが重要となる。
2. 「どのくらい儲かるのか?」が停滞の要因
新規事業検討が停滞する時に、よく見受けられるのが経営陣から「どのくらい儲かるのか?」の質問が飛び交うことがある。もちろん最終的には、ビジネスケースを作成し、事業計画と投資効果を描くことは必要になる。但し、過度に儲けを問う質疑が連発すると、柔軟な発想を阻害することが多い。まずは、儲けではなく、想定顧客の未充足ニーズや関心ごとの大きさについて討議して欲しい。
3. 自前主義への固執
昨今のデジタル技術の進展により、既存事業で成長を実現してきた企業においても、新規事業開発は難易度が高いことが多い。DX推進を積極的に行っている企業においても、デジタル技術とビジネスを一体的に考え新規事業を検討できている企業は、まだまだ少ないと想像する。それにもかかわらず、自前のリソースだけで新規事業を検討することに固執する企業を見受けられる。地域の中堅中小企業と首都圏中心のテクノロジー企業のデジタルデバイドは非常に大きいと感じることが多く、自前主義だけでは新規事業の具体化は実現しにくいと思料する。また一方で、首都圏中心のテクノロジー企業やDX支援企業が、地方企業の支援に入っているケースも多いが、このデジタルデバイドを悪用した成果が出ない支援を行っているケースも散見され、地方企業は目利き力を身につける必要がある。
中堅中小企業における新規事業創出の進め方
これまで見てきた通り、新規事業創出には、さまざまな進め方や落とし穴が存在する。総括として、地域の中堅中小企業における新規事業創出の進め方を大きく5つのステップでまとめる。
ステップⅠ:潜在ニーズの発見
顧客の潜在ニーズ・解決すべき「不」を発見するするために、顧客観察やインタビューを実施する。既存の製品やソリューションでは解決できていない原因を深掘るとともに、顧客が本来かなえたい要求を洗い出す。この“関心ごとの大きさ”が顧客ニーズ選択の重要な要素になる。なお、ターゲット顧客の洗出しは、既存顧客、既存の周辺顧客、日々の営業マーケティング活動で得られている潜在顧客を洗い出すことから始めると、具体的なアイデアを抽出することができる。
ステップⅡ:企画開発
選択されたニーズを体系化し、キーインサイトとテーマ(共通性・異質性・情報間の関係性)を発見し、市場機会をまとめる。ブレーンストーミング等の参加型の協働アプローチで解決策を抽出する。この段階では、右脳(創造的思考)と左脳(論理的思考)を総動員して絞り出すことが重要で、評価基準にもとづき3テーマほどがプロトタイピングへ進む。
ステップⅢ:試作検証
プロトタイピングは、顧客ニーズや事業環境の変化が早い状況において有効なアプローチとなる。粗く・素早くも適切につくり使ってもらうことで、実際の顧客の声をプロダクトの機能に反映させていくことが重要。“考えるためにつくり”、より早く顧客ニーズにフィットした状態を目指す。製品やサービスの機能だけでなく組織能力も検証することをお勧めする。
ステップⅣ:本格展開
事業会社の新規事業とスタートアップの大きな違いは、EXITによる利益回収の有無である。事業会社では、新規事業により新たな収益源を創出し、“育成”する必要がある。想定していたビジネスモデルを改めて磨き上げ、高速PDCAによって課題解決を繰り返すことが必要になる。顧客からの引き合いや受注など、実際にビジネスが回りだす実体験の早期獲得が重要になる。経験上、この小さな成功体験が得られた新規事業はうまく立ち上がる傾向がある。
ステップⅤ:事業拡大
事業をスケールアップさせるためには、成功事例と顧客接点活動のモデル化と横展開が必要となる。顧客接点で得た情報を改善に生かす仕組みを構築し、顧客への価値提供力を高めていく。オペレーションの仕組みを構築し、マネジメント体制を構築する段階である。特に、顧客接点活動の徹底は、営業、マーケティング、CRMとモデルづくりを行うことが必要になる。
新規事業創出の成功ポイント
これまで見てきた通り、新規事業創出には、さまざまな進め方や落とし穴が存在する。これを踏まえ、地域の中堅中小企業が成功するための3つのポイントを最後に整理する。
1つ目は、やはり市場・顧客ニーズを知ることが最も重要である。
新規事業やスタートアップの失敗要因の多くは、市場・顧客関連である。具体的には「市場ニーズがない」「プライシング」「ユーザーが使いにくいプロダクト」「ビジネスモデルが不在」「マーケティング不足」「顧客の声への傾聴不足」などが多い。したがって、どの顧客のどのような潜在ニーズや未充足ニーズを解決するサービスや商品を提供するのか、顧客起点で発想することが最も重要になる。特に、営業マーケティング部門が新規事業のアイデアを出せない企業や、従来のビジネスモデルや技術が優れていることで高収益をあげている企業などは、顧客起点での新規事業アイデアがなかなかでない傾向がある。
2つ目は、適切なチーム編成である。
中堅中小企業の場合、やはり人材不足が新規事業検討のネックになるケースが多い。但し、人材不足を理由に新しい事業開発・商品開発が進まないと、将来の経営基盤や収益源の獲得という課題は解決できない。新規事業創出においては、ITやテクノロジーの有効活用が不可欠になってきているため、外部の協業先やビジネスパートナーとの協働開発は重要な取り組みとなる。推進チームとして必要な構成は、ビジネス担当(事業開発、インサイドセールス、カスタマ―サクセス)、プロダクト担当(プロダクトマネジメント、UX/UIデザイン、マーケティング)、エンジニア担当(アーキテクト、アプロケーション、API)の3機能が必要となる。もちろん検討テーマによって必要な人材や協業先は異なるため、中堅中小企業は協業先ネットワークを多く持ち、目利き力を付けることが重要になる。
3つ目は、アジャイル開発の実践である。
変化の早いデジタル市場・経済においては、ゆっくり・じっくり市場調査やフィージビリティスタディを行い、事業計画を策定し、年度単位でPDCAを回すやり方だとリスクが高い。想定顧客と協働でプロトタイプを高速で検証し、競合他社より先行して需要を創造していくアジャイル型アプローチが重要になる。短時間で低コストでスピーディーに開発・検証し繰り返すアプローチを身につけ、複数の新規事業オポチュニティを保有し、経験値を積んでいく。こうした取組みを阻害する一番の障害は、完璧主義であることが多い。100点を目指すのではなく、適当主義の考え方で、QCDレベルが程よく適切な水準以上に時間をかけない等という思考と姿勢が必要となる。完璧主義に陥ると、否定的・批判的になり、柔軟性が無く、視野が狭くなり、完成が遅れる結果、チームは疲弊する。本来、新規事業創出はワクワク楽しい創造的な仕事であるにもかかわらず、つまらなくなる社員が出てくる。従来型企業の欠点であることが多いが、是非自己評価をしてみて欲しい。